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2062年 3月5日
この日は、椋にとって中学校最後の授業の日だ。
こうして毎日朝ギリギリに起き、一人でサッサと朝食をすまし、急いで玄関の扉を開けるのである。
いつもの決まった時間の電車に乗り、いつもと同じように本を読み、いつもと同じように学校に着く。
いつもと何も変わらない。自分が学校で受ける仕打ちさえも…
遂にこの日が来たのである。
次の日から卒業式までは自由登校であるため学校に行く気はない。
そもそも、今日でさえ学校になっていきたくない。待っているのは残酷な現実だけだからだ。
しかし椋には学校に行かなければならない理由がある。
通っている学校、私立聡明中学校では椋の母親である辻井京子が理事長を務めているからである。
理事長の息子が不登校とあらば、何かと面倒なことになるからと、半ば強制的に学校に行かされるのだ。
「そんなに自分の立場が大事かよ!」
と椋が問い詰めたところ
「自分の立場以上に大切なものなどあるの?」
と1秒足らずで帰ってきたほどである。
京子は自分のことを腹を痛めて産んだ子供などとは思いたくないらしい。
その証拠に、物心ついたころから椋は京子のお荷物として扱われてきた。与えられるの金銭のみ。
もちろん愛情なんてものはもらったことがない。
椋はそんな母親が大嫌いである。しかし親に頼らないと生きていけないのもまた現実だ。
父親は、まだ幼いころに妹を連れてどこかへ消えた。
記憶には残っていない。忘れても問題ないと思っているのだ。
椋は自分がいじめを受ける理由も、母親から邪魔者扱いされる理由もしっかり自覚している。
皮肉なことにそれぞれの理由は全く同じであり、現代においては最も致命的なものでもある。
少年、辻井椋は能力がまったくと言っていいほど使えないのだ。