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帰り道、酷いものであった。
蒼龍第一女子寮に大久保のことを伝えるため立ち寄ったのだ。女子寮は天井ごと吹き飛ばされていて、女生徒全員の避難が開始されていた。
第一寮の門前、この悲惨な光景を目に刻み込んでいると後ろから女性の声が聞こえてくる。
「キミが伍莉……いや、辻井椋君か」
女性、かなり若い。綺麗に分類されるだろう整った顔、軽く結った肩を超える程度の長さの焦げ茶の髪、しかし何故自分の名前を知っているのだろうか?
「あなたは?」
「ああ、申し遅れたわね……私は蒼龍第一寮寮監、飯田阪奈と申します。あなたの事情は校長先生から先程伺ったわ」
「あなたが噂のイロモノさんですか……」
「イロモノ?なんのこと?」
とりあえず自覚がないことだけを確認しいろいろうやむやにする。
「いや、なんでもないです……」
とりあえずこんな真面目そうな人がそんな特殊な嗜好の持ち主に見えないなんていうことは放って置くことにして、彼女に問う。
「事件が起きたとき先生は何か見ませんでしたか?」
「そうね……一応犯人の全身は見たわよ」
「ど、どんな感じでしたか?」
「全身に黒いローブを纏って、黒い仮面をつけてたのだけは目視できたわ」
「ローブに仮面………」
正直に言えばほとんど確認できていないのと同じではないかと思いたいところなのだが、彼女を責めている訳ではない。というより彼女に責任はない。
「他に何か見ませんでしたか?」
「いいえ、なにも。私が寮監室から出てきたときはもうすでに……」
飯田の表情が少々曇る。やはり彼女も責任の様なものを感じているのだろう。
「そうですか……ありがとうございます……」
一礼し、門前から離れ、ゆっくりとした足取りで第七寮に帰還する。
帰り道、やはり悲惨だ。
公園までに向かう道、ところどころがおそらく『尾裂狐』により削り取られている。
しかし疑問も残っているのだ。なんで地形を変形させるほどに猛威を振るわれた大久保が無傷なのだろうか?
確か聞いた話では昨晩襲われたという教師も外傷はなかったと聞く。
犯人がワザと怪我人を出さないようにしているとでもいうのだろうか?しかし七罪結晶に支配され欲望のままに力をふるう人間にそんなことができるとは思わない。それができる優しい人間なのだとしたらそいつは決して七罪結晶の誘惑、依存に負けない確固たる意志、力を持っているはずなのだ。じゃあそんな奴が何故?
やはり答えは形どころか影も現れようとしない。
(こことももうお別れか……)
ゆっくり歩行を続けたどり着いた蒼龍第七寮の看板を見上げそう思うのだった。




