罪機崩し1~現状、《暴食》~ 1
2062年 5月25日 所、校舎棟某所 時、午後9時32分
この日学園にとってあってはならない事件が発生した。
帰寮時間を目前としたこの時間帯、校舎棟の一体は日頃と同じ静けさに包まれていた。
いや、同じではない。街中ではラグビーでもしていそうな大柄な数学教師、薗前晴彦が息を荒らげ、もう体力の限界といった様子で走り続けていた。
「やめろ!!くるなぁ!!これは俺のものだァ!!」
そう気が狂った様子で後方から追ってくる人影に叫ぶ。
薗前が大事そうにその胸に抱えているのは漆黒の仮面だ。
足を止め、勢いよく切り返した薗前は街頭の光を反射しやや紫っぽく妖しく光るソレをそのまま自分の顔に装着し叫ぶ。
「いい加減にしろォ!!」
叫びとともに溢れ出すそのどす黒い闇が彼のすぐ前に集約すると、それは黒い大型犬、むしろ狼にも似た生物を現出した。仮面の下からは薗前の真紅の眼光が追っ手を睨みつけている。
「行けぇ!!『犬神』!!」
仮面の姓か少しくぐもったようなその言葉、そして薗前自身の意思に従うよう犬神と呼ばれた黒い大型犬が一度「ヴァウ」と大きく鳴くと走りだした。
犬の方も真っ赤な眼光を走らせ、考えられないほどのスピードで追っ手へと向かっていった。がしかし、その攻撃は追手には届かない。犬神は弾き飛ばされるように転げ回り、そのまま地面にへたれこむと、黒い霧となって霧散していく。
犬神が弱いわけではない。相手が強すぎるのだ。
何らかの能力か、人間離れしたスピードで追いついてきたソレは深く帽子をかぶり素顔を確認することができない。黒の狐を携え、薗前の眼前に立ちはだかったソレは薗前の装着した仮面を鷲掴みにし、腕力任せでその巨躯を持ち上げた。
「先生、頂いていきますね。七罪結晶、コードネーム《嫉妬》の『犬神』。僕、これが欲しかったんですよ」
「待て!!やめてくれ!!お前は一体誰なんだ?答え……」
薗前が叫び終わるまえにソレは異常なほどの握力で仮面を握り潰し粉砕する。
「あがァ……」
言葉とならない叫びとともに、薗前は地面に倒れこむ。怪我など一片も負っていない、呼吸もしている。
綺麗な姿のまま寝転がる薗前の周りに散らばった仮面のかけらをソレは拾い集めていた。
「野暮な質問ですね……答える訳無いじゃないですか……」
すべての破片を回収し帽子を取った少年はそのまま暗闇に消えていく。
髪の色と暗がりの姓で素顔が見えることはないが、露見していたその口は裂けんばかりの笑みを浮かべていた。




