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考え込んでいるうちにも、時間はもう少しで職員塔への呼び出しがかかっている正午に達しようとしている。また屋上から飛べばいいだけの話なのだがそれでも結構時間が危ない。
「ごめん乙姫、俺正午に職員塔に呼び出しくらってるんだ。そろそろ行かなきゃ」
部屋の沈黙はそんな椋の一言で破られた。後味の悪い去り方ではあるが、時間は一切待ってくれない。さすがに職員からの呼び出しを安易に無視するわけにも行かないだろう。
「また明日も来ていいかな?」
「もちろんですとも!是非いらしてください!」
彼女からこの部屋を訪れた時とは違う、なんだかとっても嬉しそうな暖かい笑みがこぼれた。それは美しくて、また華やかで、そしてなにより可愛くて、男なら惚れてしまいそうな微笑みであった。
心に決めている人がいるのでその微笑みに心を揺るがされるようなことはなかったがわけだが、その暖かい笑顔に自分の心も少し温もったような気がした。
決して自分のことを男じゃないと言っているわけではないぞ!!
そんな事に小さな幸せを感じた椋は乙姫に背を向け病室をさろうとする。
「待ってください椋さん!」
昨日のように乙姫に呼び止められる。なんだかこれが定番みたいになっているが、とりあえず動けない彼女に無理させないようにベッドの近くまで行き要件を確認する。
「最後に一言だけ言わせてください!私には椋さんが何に迷っているのかはわかりません……でも言えることはあります……椋さんは他人のために行動できて他人のために体を張れるすごい人です!!それは普通の人には出来ない勇敢で素晴らしい長所なんですよ?(それにすごく素敵です……)」
「?」
最後の方は聞き取れなかったが彼女の言いたいことはよくわかった。が、彼女の頬がまた少しだけ赤くなているところを見ると、また怒らせてしまったのかと少し反省する。
どう反応していいかわからない難しい問題だが、本当に俺は誰かの為に動いてきたんだろうか?
フールに出会ってからの様々な出来事を脳内で整理する。小林の事件は自分のせいで沙希を巻き込んでしまったわけだが、一応そうなる。
出丘の時は真琴が襲撃されたこともあり激情した記憶が今でも鮮明に残っている。
今回の黒崎戦も乙姫のために行動したと言えるのだろうか?
もしそうならば、七罪結晶の件は誰のために動いているのだろうか?そこは相変わらずわからないままだが、一つだけ確証をもてることがある。
今までのことの中で自分が間違った行動をとっていないということだ。自分でそう思うのもどうかと思うが、それだけは間違いないのだ。
それだけを胸に刻み抱いて、乙姫の唯一ギプスがつけられていない左手をぎゅっと握る。
「ありがとう……乙姫。俺少しだけわかった気がするよ!」
それだけ言うと彼女の手を離し、時間の都合上結構まずい事態になりそうなので、急ぎ足で病室をあとにした。




