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実家では聞いたことのない心地の良い包丁の音が室内に響く。
母親、辻井京子は一切どころか合切、いや、それどころか奇跡的なほどおおよそ料理といわれる行為を行わない。できるのかどうかも定かではない。というか母親とそんな会話を行ったことがない。
まあ家庭環境がいろいろとアレなだけに仕方がないといえば仕方がないのだが。
「まぁ少し待っててくれよ、すぐにできるから」
軽快な包丁の音は新田の料理の手際の良さを示している。
(これが女子ならばどれだけ嬉しいことか!!)
などと心から思いつつも料理が現れるとそんなことがどうでも良くなる。
白米、お豆腐の味噌汁、焼鮭そして卵焼き。あまりにも定番ながらもそれぞれにこだわりが隠されているように見える。
「さぁ、食べようか」
いや、しかし、人は見かけによらないとはこのことだ。個人的なというよりも勝手に脳内で描かれていた新田のイメージとは180度どころか540度ほど違う。結構だらしない生活習慣を送っているものばかりだと思っていたため、その意外性に驚いてしまうのだ。
なんだかんだ言いつつも作ってもらったのだ。感謝を込めていただく。
両手の平を綺麗にピチッと合わせ、親指と人差し指のあいだにお箸を挟む。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
まずはお味噌の風味際立つ味噌汁を一口啜る。
味噌汁の実、わかめと豆腐もそれぞれが調和をはかりなおかつそれぞれがここの主張を忘れない。出汁も効いてる。
「…………おいしい、新田君!これすっごく美味しいよ!!」
お世辞など微塵もなく本気で料理を美味しいと思ったのはこれが初めてかもしれない。
「そりゃどうも」
新田の微笑みがやはり眩しい。やはり作る側にとって人に食べてもらえるということは嬉しいことなのだろうか?
自然と箸が進む。止めることができない。生憎お替りはないそうだが、あるのならいくらでもいけそうなほどの味だ。
「フゥ……ごちそうさまでした……」
箸を置き、手を合わせる。毎日この味が食べられるならどれだけ嬉しいことか。
間違いない。新田恭介、この男普通の女子より料理が上手い。女子力高めなぽっちゃり系料理男子が同室とはなかなかいいものだなと、初めてここに来た時の部屋分けに感謝するのであった。




