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しかし今椋の頭の中で一番引っかかっている問題はその二つではない。
乙姫の病室、心内空間でフールと話した時に出てきた話だ。
(『人工結晶だ、それなら二重能力でも説明がつく』か……)
これまでフールの発言に疑念を抱いたことは多かったのだが、彼の言っていたことが外れているのをあまり見たことがなかったのだ。
しかし人工結晶は天然結晶とは分類が違う。
アクトスキルと呼ばれる1つの人工結晶に刻まれているそれは物理法則を超えることはできない。無空間から物質を生成したり、ましてや生物を作り出すことなんてできるわけがないのだ。
(『常識にとらわれすぎるな。世の中の理全てに例外は存在するのだ。それだけ覚えておけ。』
……)
再びフールの言葉を思い出す。
無知な自分が知る人工結晶の知識なんていうものは、氷山の一角のようなものなのだろう。製造元の会社の御曹司であっても知らないことが多いというような感じだったのだ。一般人が知れるものなんて限られている。
元々は《戦車》の能力者が作り出した原石と呼ばれる大きな結晶が全ての始まりだったのだ。
そこから人工結晶が作られ、そして人工結晶を多用するようになったせいか、子供たちが体内に結晶を宿すという人類学の進歩をもたらした。
考えてみたら、《戦車》の子が人工結晶で、人工結晶の子が天然結晶という構図なのだ。ならなぜ天然結晶にできることが人工結晶には出来ないのだろうか。
そもそも人工結晶のプログラムを刻むのは人間だ。その人間が原石の可能性を潰しているのではないだろうか。実は誰かが上限を決めているだけであって、本当ならもっとすごい、召喚系だろうが現出系だろうが再現可能なんではないだろうか。
(ま、ありえないな…考えすぎだろ……)
そう思い思考を無理やり中断する。
思えば嘔吐物くささにも慣れてしまい、匂いを感じない。
とそんな真っ白な部屋に山根が帰ってくる。
「ウッ……相当臭うわね……」
右手で鼻をつまみながら、左手をパタパタさせ、相当くさそうにしている。
「貴方よく平気ね…まさかそういう趣味?」
「他人の嘔吐物の匂い嗅いで喜ぶ人間が横にいるとしたら先生逃げるでしょ!!」
「そうね……全力ね……」
「ましてや匂いを嗅がれてるのは自分自身が吐いた嘔吐物ですよ?逃げるでしょ!?」
「いや…それはそれで………」
山根が両頬を赤く染めながら体をくねらす。
「やめてください!!先生のイメージがそろそろ原型をとどめなくなっちゃいます!!」
「ハハハっ冗談よ、ジョーダン。そんなことよりまだなの?そろそろ試合開始の時間じゃない?」
とようやくその時になって時計を見やる。開始まで残り2分ほど。
10分前後も考え事に費やしたのは中学校の学期末試験以来かもしれない。
そんな誇れることでもないことを考えながらもテレビの電源を入れる。
スタジアム中央と中継がつながっているテレビだが、画面に映っているのは大勢の観客と黒崎のみだった。
そして司会者から思いもよらぬアナウンスが入った。
『先ほど連絡が入りました。第7試合蒼龍VS玄武は蒼龍側の棄権により玄武寮代表黒崎君の勝利です。繰り返します……………………………』




