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 「待ってください!!」

 後ろから乙姫の声が響く。動かせない身体を無理矢理動かしベッドから起き上がろうとする。

 「まて乙姫!まだ動いちゃ駄目だろ!」

 彼女の元に戻り肩を押しベッドに沈めどうにか落ち着かせる。

 「まだ…まだ大事なことを言ってなかったんです……。」

 乙姫の眼から徐々に涙が溜まる。それを拭こうとしても動かせるところがない。唯一動かせる左手は椋の右手の甲をギュッと握りしめていたからだ。

 「大事なこと……?」

 そう尋ねると彼女の握力は更に増し柔らかい感触が右手を包んだ。

 「助けてくれて…本当に…本当にありがとうございました…。」

 彼女の涙がついにこぼれた。

 「俺は何もできなかったよ…。右腕だって…もう少しだけ早くフィールドを壊せたら折れずに済んだかもしれないし…。何より…」

 と椋の発言を遮るように乙姫が叫ぶ。

 「そんなことありません!辻井君の忠告を聞かずにあのような目にあって…。何度も辻井君の声が聞こえのですけど途中で耳もやられて…何も聞こえなくなると本当に不安で…痛みも感じなくなって…もう無理なんだなって思って目を閉じたんです。でもなぜだか暖かかった。温もりというのか、お母様に抱かれていた時のような心が落ち着く暖かさが胸に沁みて、不安を全てどこかへかき消してくれたんです。」

 彼女の涙がどんどんと溢れていく。

 「どうにか目を開けてそれが辻井君だとわかったとき、『ああ、強い人っていうのはこういう人のことを指すんだ』って思えました…。」

 もらい泣き…全然違う。彼女の言葉に心が揺さぶられてだんだんと涙腺が緩んでくる。

 このままでは乙姫に無様な泣きっ面を晒してしまう。

 せっかくこんなに自分のことを評価してくれているのだから、せめてこの場でだけは泣きたくない。

 「ありがとう……。でも俺は…そんなに強い人間じゃないよ…。」

 走って病室からでようとする。

 「辻井君!今日の試合、頑張って、黒崎を屠ってください!それから…………」

 ボタンを押し、ゆっくりとスライドする扉を無理やりこじ開け、逃げるように病室を去る。彼女の言葉に最後まで耳を傾けず、屋上に向かって走る。全力で走っている最中にも抑えきれない涙が頬を伝いユニフォームに小さなシミを作っていく。

 階段を上り、必死に上り、大きな扉を勢いよく開ける。誰もいないことだけを確認し、ひたすら泣いた。

 フールと出会ってから、能力を手に入れてから、かなり涙もろくなったような気がする。

 まるでこれまでの生活、ほとんど泣かなかったせいだろうか、涙腺にパンパンに涙が溜まっていたかのようだ。溢れ出す涙が止まらない。

 嬉しいはずなのに……喜ばしいことなのに……ただただ泣いた。

 

 

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