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 横たわっていた沙希のわき腹に、小林のキックがクリーンヒットする。

 沙希の体がくのじに折れ曲がる。

 「沙希!」

 必死に叫ぶが彼女には届かない。

 言葉にならない叫びをあげて、沙希が必死に身をよじらせる。

 呼吸がうまくできていないようだ。

 

 さすがに椋も暴力をふるうとは思っていなかった。

 さすがに我慢の限界だ。もともと覆せるならとっくにやっているのだが。

 「小林ぃぃぃぃぃぃぃぃい!!」

 のどがつぶれそうなほどで叫び、再び立ち上がろうとする。

 この重力系能力を使っているやつも万能ではない。

 さすがにずっと能力を使いっぱなしというわけにもいかないはずだ。どんなものにも限界はある。

 一度は能力が解けるはず。そのタイミングで一度その場所を移動すればこっちのものだ。

 重力系能力は座標をある程度絞らなけれは使うことができない。自分、もしくは仲間を巻き込んでしまう可能性があるからだ。こんな不良集団の中に入っているようなごろつきに、即時座標指定などという曲芸ができるわけがない。そう睨んでいた。

 しかし現実はそう甘くない。後ろから、「そろそろきついから変わってくれ」という声とともに、ほかの奴が「待て、俺が重ねてかけてからとけよ」という声が聞こえてくる。

 能力者のリミットが来ても、ほかの能力者が、代わりに技をかければいい。

 ただそれだけのことだ。

 

 椋の精神はさっきの術で、ほとんど諦めモードに入っていた。

 もうどうにでもなれと思ってしまった。きっといつか終わるんだからと考えてしまった。



 「グッゥ!」

 と奥のほうから沙希のうめき声が聞こえる。

 束ねていた右の髪を引っ張られて顔が数センチ浮いている。

 「辻井く~ん!こっち見てごらん!君の愛しの沙希ちゃんが苦しんじゃってるよぉ?」

 小林が挑発するように、髪を握る左手を左右に揺らす。

 つられて動く沙希の表情は、苦痛にゆがんでいた。

 「やめろ…やめてくれ!なんでもする。俺が沙希の代わりに何でも引き受ける!だから……頼む。」

 それでもいいと本気で思った。これから先、何年、何十年だろうと、沙希に危害が加わらないのなら、それでいいと。

 しかし、小林はつまらなさそうな表情を一瞬見せた後に、左手をまた少し上げ、髪を引っ張る。

 (こいつは…女の子にとっての髪をなんだと思っているんだ!!)

 心の中で叫んでも表に出すことはない。相手の神経を逆なですることになるだろうからだ。

 本当に泣いてしまいそうなくらい、悔しくてたまらない。この体の自由がきくのならば今すぐにでもここにいる全員に殴り掛かっているだろう。勝機がなくとも。

 

 再び小林のほうを見る。しかし椋はそこで驚愕してしまう。

 小林の手に何か握られている。倉庫に入るわずかな光を反射して輝く。

 直感的に理解する。サバイバルナイフだ。まるで包丁のような幅広いブレードをしていて、刀身自体が、紫の光を帯びている。

 椋はこの短剣を知っている。奴のナチュラルスキル現出系射程距離拡張『神出鬼没の短剣(ファントム・エッジ)』だ。

 小林は、身体中、どこからでも二本まで短剣を出現させることができる。

 

 小林がそれを何に使うのかは明白だった。

 

 「やめろ・・・!」

 ゆっくりとまた少し沙希の髪を引っ張り、根元に短剣を添わせる。

 「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 スッと勢いよくその短剣を横にスライドさせる。

 ガクンと沙希の頭が解放されたかのように地面に落ちる。

 しかし、その右頭部に長く束ねられていた黒髪は存在しない。

 ついに、沙希も涙を隠せなかった。

 小林が握っていた手をゆっくり広げると、ハラハラと先ほどまでは沙希とつながっていた毛が地面に落ちていく。


今は見ていることしかできない。沙希は次、どんなひどい目にあわされてしまうのだろうか。俺が死んだら、これも全部終わるんだろうか。


 (いや、違う。俺はこの一週間で何を学んだんだ!このまま現実逃避をすることか?違うだろ!あの時助かった命なんだ……もうここにいなくてもおかしくなかったんだ…。沙希も言ってたじゃないか。俺が死んだら悲しいって。だから、もう二度と死ぬなんて考えちゃいけないんだって。やっぱり俺は愚か者だ!)

 

 急に頭痛が起こる。ひどく痛い。うめき声でもあげてしまいそうな。

 ふと頭の中に、何かのイメージが走る。

 見覚えのあるビルで、見覚えのある屋上から自分が転落していく映像。

 自分の頭の中で映像がどんどん記憶に吸収されていくようだ。

 映像は途中で終わっている。だが少年はその続きを鮮明に思い出していた。


 脳の奥に、直接語りかけてくるような、ウィスパーな声が、今度ははっきり聞こえる。

 

 『愚者はオマエか?』

 (俺に…問いかけているのか?…………なら答えは決まっている。)


 『俺は…俺は愚者だ……』

 

 

 

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