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(どうしてっ……こんなこと…にっ!)
全力疾走で目的地に向かう。心臓が破裂しそうだ。でもそんなこと気にしている場合ではない。
工場跡地は学校から1キロほど離れた場所にある。
目的地は自分の知っているところなので、地図は見ないでとりあえず走る。
小林誠吾はこんなことをする奴ではなかったはずだ。
卑怯な奴だっていうのは知っていたが、こんな本気で犯罪(いじめも立派な犯罪ではあるが。)めいたことができるほどの勇気も行動力も持っていなかったはずだ。
走りながら必死に考える。
そもそも沙希をさらう理由が見つからないのだ。
沙希を使わなくても、椋はある程度彼らの言いなりになっていたし、基本的に逆らわなかった。
なんで…わからない。
そう考える間に、目的地の工場跡地のゲートの前に到着する。
呼吸を整えるために1度深呼吸をし、重く錆びついたゲートをスライドさせる。
中にはいくつかの建物があるため、どこに沙希が囚われているのかわからない。
ここで一度地図を広げ、詳しい位置を調べようとする。
しかし椋はここでミスを犯してしまう。
地図の方に集中しすぎていて、周りが見えていなかった、まだ昼間なのに。
後ろから鉄パイプを振り上げながら近づいてくる、同級生の少年にまったく気が付いていなかった。
気が付くと椋は屋内にいた。頭に鈍い痛みが走る。
襲われた割には手足の自由がきく。ゆっくりと立ち上がり、周りを見る。
少し埃っぽいことから、ここは工場跡地の中のどこかなのだろう。
倉庫だろうか?窓が少ないせいで、外の光が入ってこないため薄暗い。
ガガガガガと後ろの扉が勢いよく開いた。
外から数人の少年が入ってくる。
太陽の光が一気に流れ込んでくるように、一気に倉庫内が明るくなる。
そして驚愕する。倉庫らしい建物の一番奥、沙希が倒れている。
写真通りの姿で。
「沙希!」
思わず呼んでしまう。
その声に反応するように倒れている少女が、必死に鼻で息を吸いながら、もがいている。
「沙希、待ってろ!今助けに行く!」
走ろうとしたその時であった。後ろから何か違和感を感じる。
(何か…来る!)
そう思っても、素早くよけれるほどの身体能力を、椋は持ち合わせていない。
椋の後ろのほうで赤紫色の光があふれている。
「グラビティック・オペレーション!」
後ろで誰かがそう叫ぶと、ガクッと椋の目線が一気に下がる。
重石を乗せられたよう体が重い。苦しい、という度ではないが、身動きがほとんど取れない。
最近ではあまり珍しくもない(とはいっても、ひとりひとり能力の性質は違うが。)、《重力増減系》である。強い人であれば人ひとりつぶせるほどの圧力を出せるらしい。
唯一動かせる頭は沙希のほうに向けてある。
(なんで…どうしてこんな…)
必死に考えようとする。
「ヒィッハハハッハハッヒハハハハッハハハッハハ!」
しかし、それを遮るように、せせら笑う声が椋の後方か飛んできた。
声の質からして間違いなく小林である。しかし小林はこんな下品な笑い方をする奴じゃなかったはずだ。
(何か……おかしい!)
全身に力を入れ、起き上がろうとする。後ろから、「黙って見てろ!」と先ほどの能力者の声がする。
再び地面這いつくばる椋。
(見てろ…?何かする気なのか!?)
コツコツと乾いた固い靴音がきこえてきた。
少しだけ動く頭の位置をずらし、靴音の主を探る。
歩いて来たのは、間違いなく小林である。
しかしおかしい。いつもなら、少しおびえたような、異端児を見るような目でこちらを見てくるはずなのに、今日は違う。
この一週間で何があったのか…。
敵の事情を探ったところでどうこうなるわけじゃないが、この変わり方は異常である。
そのまま椋の目の前で足を止める。
前髪を鷲掴みにされ、無理やり顔を上げさせられる。
「俺さ、ずっと考えてたんだわ。どうやったらお前が苦しんで、泣きじゃくる顔見せてくれるのかなってさぁ!」
意味が分からなかった。俺はそれなりにこの生活に苦しんでいた。確かにこいつらの前で涙を流すことはなかったが、帰宅後にどれだけ涙を流したことか。
そんな思考に関係なく、小林が言葉を続ける。
椋がその言葉を理解するのに、さして時間を必要としなかった。
悪魔の言葉だ。
「んなわけでぇ!これからぁぁ!世紀のショォォォォタイィィィィムだ!!」




