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椋は大きく固そうな扉を押しスタジアムへの侵入を図った。
息を荒らげ急いでフィールドの乙姫の所まで走っていこうとしたのだ。
しかし何か柔らかい透明な壁の様なものにぶつかってしまい、それを阻害される。
フィールドの境界線だ。さすがにそれ以上進めないと判断し、足を止めると大きく深呼吸をする。
すぐに上空を見上げ、そして安心する。
彼女はどこから取り出したのかは不明だが、何か大きな袋?涙の粒を逆にしたような…、いや、風船のような形の布を使ってゆっくり降りようとしている。
赤鶯が熱を発し、まさに熱気球のように上昇気流を発生させ落下の速度を軽減させようとしているようだ。
確かにこれなら大丈夫だろうが、彼女が一度フィールドから出たことには変わりがない。
椋はスーと大きく息を吸うと会場全体に届くような大声で叫ぶ。
「乙姫!!危険だ!リザインしろ!!」
思わず呼び捨てにしてしまった上に命令口調ではあったが、彼女はそれを気にしている様子もなく、
「ご心配には及びませんわ!」
自身に満ち溢れた彼女はこっちの話を無視してゆっくりと着地しバサァと広がった布をそのまま床に捨てる。
口笛を吹き、右手を左から右に振り赤鶯に何らかの合図を送る。それが何を意味するのか椋には理解できないが彼女にまだ戦う意思と勝つ意思がみられたのは確かだった。
本来ならば侵入してでも止めてやりたい。
しかしOLの戦闘用フィールドは観戦はできるものの、戦闘妨害を防ぐため選手自身を中心とした半径50センチの空間は観客からは不可侵となっている。故に選手に一切触れることができない。
と、それ以前にこの試合は公式戦のため、他の選手、つまりはOLを装着しているものはフィールドにすら侵入できないのだ。
今はOLの試合観戦機能を使用しているため普通に見えているが、実際椋の眼の前には、血の様に赤黒い結界が聳え立っているはずだ。
「いやぁ、きみ面白いね。」
と、黒埼が先程より大きな声で、わざわざ椋にも聞こえるように言う。
「せっかくお友達が降参しろって言ってるんだから素直に従えばいいのにさ!!」
歪んだ黒い笑顔を浮かべる黒崎から、黒く気持ち悪い何かがさらに放出されえたような気がする。しかし今回はこれまでとは違う。純粋な殺気の含まれたそれは遠くにいる椋をひるませるのにも十分すぎる気迫だった。
「乙姫!」
そんな声が彼女に届く前に黒崎は乙姫のすぐそこまで移動しており、下腹部に一発大きな攻撃が響いた。
乙姫の体が大きく、くの時に折れ曲がる。女子に対してでも容赦のないその一撃は彼女の体を数メートル先へとばし、彼女を一時的な行動不能状態に陥らせていた。
悶える銀髪少女の姿を見て、激怒したのか、赤鶯が独断で黒崎を攻撃するが、華麗といっていいほど見事な身のこなしですべてよけている。
乙姫はうまく呼吸ができていないようで、声が出せていない。
「おい!やめろ!これじゃ降参宣言もできないじゃないか!!」
そんな椋の叫びに黒崎は、冷静な顔で、
「だから?」
とだけ言いかえし、それ以降は無視する…いや、自分だけの世界に入ってしまったのか、周りが見えていないかのようだ。
体の自由がきかないといった感じで、どうにか動かせる顔で黒崎をにらむ乙姫だったが、それもむなしく黒崎はだんだんと距離を詰めてくる。会場にはかなりの緊張が走っていた。
黒埼の歪んだ笑顔が狂気に代わる。
「少しは持ってくれよ!面白いのはここからなんだからさ!」
そういうと黒埼は左足で乙姫の長い銀髪の毛を踏み、右足を振り上げ彼女の細い右腕を勢いよくガッと踏みつける。
乙姫の崩れた自信は恐怖に代わる。
「ああ゛あ゛ぁぁぁ!!」
と彼女の声ではないような猛烈な悲鳴が会場に響く。
「やめろ……」
椋の言葉を気にも留めず、何度も足を上げては地面に落とし、グッと力を籠め彼女を痛めつける。
「やめろ…」
何度も、
「やめろ。」
何度も、
「やめろ!」
彼女が声を発しなくなっても、それは続いた。
何度結界を殴ろうと柔らかいスライムのように衝撃を持って行かれてしまう。
黒埼は乙姫が気絶しないようにか、弱点は狙わず、いたぶっているかのように見える。
見えるじゃない、遊んでいるのだ。
不思議な移動能力を使い、2メートルほど上に滞空した黒崎の顔面がこれまでになく大きく歪む。
「いくよっ!」
フッと重力に従い彼が落下を開始する。もちろん落下先は彼女の右腕、散々痛めつけてきた右腕だ。
「やめろぉぉぉ!!」
無意識か、感情的になってしまった椋は『光輪の加護』を展開させ全力でスライムのような感触のフィールドを殴る。
なぜかいつも以上に力が出る。それを実感できるほどに。
そんな一撃でフィールドは見た目とは反し粉々に砕け散った。
右足の光輪を使用し、すぐさま乙姫の腕と黒崎の足の間に滑り込もうとする。
しかし落下する黒崎を止めるには少しばかり時間が足りなかった。
バギッ…と乾いたそんな音を、上腕骨の割れる音を至近距離で椋の耳が綺麗に拾った。




