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黒埼が乙姫に向かい走り出す。お互いの距離はこのスピードなら5秒ほどで縮められるだろうか。
腕をだらんとぶら下げた走り方はどこか特徴的だったが、それを意識していたら乙姫が次の行動を起こしていた。
彼女が綺麗な口笛を吹くと、会場内を周回していた赤鶯がさっと音源に向かい首を曲げる。
その後彼女が指で横にSの字を描くような感じの合図を送ると、鶯は角度をクイッと曲げ走っている黒崎に向かい猛突進を始める。
赤い炎の尾を引く鶯は黒崎の後ろに着き、乙姫とではさむ込むように肩甲骨に向かいその勢いを増していった。
しかし、衝突は起きない。そこにはもう黒崎がいないのだから。
再び上かと思いモニター上部に目をやった。
しかしそこにも彼はいない。彼はもっと目立つところにいた。
乙姫の背後である。
黒崎が乙姫の左腕をガッと掴むと2人は鈍色の結晶光を残し、その場から消える。
今度こそ上への移動だった。二人は何度も不規則な点滅をしながら高度を上げていく。
この会場でのOLの戦闘フィールド限界の高さまで到着したところで、乙姫の軽そうな体を黒崎が思い切りもっと上へ投げつける。
彼女のからだは血の様な色をしたフィールドの天頂を突き抜け外に放り投げられる。
乙姫が再びフィールドに入って落下していく。これが何を意味しているのは明らかだった。
このOLから発せられたフィールドは戦闘終了後、破損部位を試合前の状態に戻すという特別な効果がある。
だからこそ高校生同士でのこんな非人道的バトルが許されているのだが、それには一つ例外がある。
戦闘中一度でもフィールド外に出たものはその恩恵を受けることができなくなる。
つまり回復支援が受けられなくなってしまうのである。
いまこの時点で乙姫はフィールドの加護を受けられなくなったのだ。
10メートルほどあるであろうこの距離を落ちれば、おそらく彼女はただでは済まないだろう。
乙姫がこの時点で降参を宣言したらスタッフが助けに来るのだろうか。
しかし彼女はそうしようとしなかった。
『あなた今さっき、こんなもんかっていいましたわね?』
落下しながら、黒崎の返事をまたずに続ける。
『なめないでください!どんな卑怯な手を使おうと私は屈しませんわ!』
まさにひとりごとではあったが、椋にとっては屈してほしい状況であった。
なにか対策はあるのだろうが、彼女はこれ以上フィールドの加護を受けられない。それだけは変わらぬ事実だ。
安全をとって降参するべきだ。
しかしこの真っ白な部屋から彼女にメッセージを飛ばす方法はない。
「ちょっと辻井君!?」
そんな山根の声が耳に届く。しかし止まらない。
考える前に椋は部屋を飛び出しスタジアムに向かって全力で走りだしていた。




