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椋、須山の二人は1メートルほどの距離を取りお互いに拳をぶつけ合っている。
須山は体格が良いせいか一撃が重く、骨に響く。可能な限りよけてはいるがもちろんすべては無理だ。受ければ受けるほど痛みは増していくばかりだ。
しかしこちらの攻撃はすべてあの液状球体チックななにかに吸収されてしまう。
さすがにこのままでは危ない。そろそろそう思い始めていた。
しかし計画を実行に移すにあたって、できれば距離をとりたくはない。
光輪も無駄にできない状況だ。すべての行動が慎重になり、それが微妙な遅れを伴ってしまっているのだ。
「どうした!お得意の移動はもう使わないのか?それともあの貧弱な拳でもいいぞ!まぁ貴様程度の能力じゃ俺に届きはしないだろうがな!」
少し余裕の笑みを浮かべた須山が椋を挑発する。そりゃあもちろんムカッと来るが、そんな軽い挑発に乗るほどバカではない。
タイミングが大事なのだ。
ほんの一瞬しか現れないその瞬間を待ち続け、それまで須山の攻撃を耐え続ける。
もう少し、もう少しなのだ。
今、特に須山が調子に乗っている今なら確実に決められる。
そしてそのタイミングが来る。液状球体が彼の股間を潜り抜けようとするその瞬間が!!
左足の光輪を一つ消費し、勢いよく空中に跳躍し、一瞬だけ姿を現したのち2回目の座標指定にて須山の前に再び戻る。
「ふんッ!フェイントでもかけたつもりか!」
「……。」
そんな言葉には耳を貸さず、右拳を思いっきり須山の股間めがけて突き入れる。
しかしその勢いは止められる。液状球体にだ。いや、正確にはこの液状球体を狙って拳を放ったのだ。
「言っただろう!貴様の軟弱な拳など俺には届かん!」
こちらの思惑に気がついていない須山はまだそんな言葉を吐いている。
得意げそうな顔をする須山に対して、椋はその数倍のドヤ顔を決めながら須山に言う。
「じゃあ、自分の能力ならどうだ?」
椋のドヤ顔は次第に笑顔、それも人を馬鹿にするような最高の笑顔に変わっていく。
「は・じ・け・ろ♪」
椋が楽しそうにそういうと、須山の股の下。シアンカラーの液状球体が突然金色に輝く。
顔を青くし、冷や汗をだらだらと流し、
「まさ……っ!」
と須山がそう言い終わる前に液状球体は勢いよく上空へ、いや、股間。男のシンボルに向かってダイレクトアタックを決行したのだ。
「ノォォォォォォォオオォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォウゥゥゥ!!!」
そんな耳を劈くような悲鳴が会場に響いたのは言うまでもない。
勢いよく、なおかつだらしない恰好で、突き上げられた須山は自分の能力の威力も加わったその一撃を陰部にもらってしまう。
どさっと音を鳴らし須山が固い地面に墜落する。だらしなく尻を突き上げ、朱雀戦よりもなお恥ずかしい恰好のまま、彼は一切動こうとしなかった。
よく見ると須山は白目をむきながら泡を吹いて気絶している。
いや、気絶していないのならば椋は永遠に須山のことを尊敬しただろう。
『勝者!麒麟寮代表、辻井椋君です!』
そんな司会者の声に過去2試合では大きな拍手が巻き起こったはずなのだが、今回だけは、少なくとも男性からの拍手は一つもなかった。
聞こえているとは思わないが、一応彼に伝えなければならないことがある。
「自分の能力だけに頼って戦っていけるほど俺は強くないんだよ……。」
それだけ言い残し退場門へと向かい歩き始める。
もしも彼が調子に乗らず、まともな判断ができていたならば失敗していたかもしれない作戦なのだ。
能力の過信はいけない。それを改めて実感させられた戦いだった。
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