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2062年3月12日
最終登校日から一週間。
この一週間(正確にはその後半)でいろいろなことがあった気がする。
いまだにこの前のことは思い出せないが、どうしようもないことは気にしない。
今日はいつもより少し早めに起きてしまった。アラームをならないようにセットし、ゆっくりと大きな欠伸をする。
洗面所に行き、冷水を顔にぶつけ、眠気を飛ばす。
タオルできれいに水をふき取り、昨日のように鏡を見つめる。
一週間の間に、自分の中で何かが変わった。
そう信じている。両頬を少し腫れるくらいの強さでたたき、気合を入れた椋は急いで準備し、余裕をもって家を出ことにした。
少し早く家を出すぎたか、電車や通学路で同じ制服を見かけない。
誰とも接触することなく学校に到着する。
さすがに学校内にはちらほら生徒の姿が見られる。
ゆっくりと下駄箱に向かい、靴を指定のものに履き替え、階段を上り自分の教室へと向かう。
(どんな反応されるんだろう…面倒くさいな…)
などと考えながらゆっくりと窓際の自分の席に着く。
この教室に椋以外の人間はいない。それだけで少し安心してしまう。
特に荷物の入っていない鞄を机の横にかけ、背もたれに身をゆだねる。昔の木製のイスとは違い柔らかくすわり心地のいいイスだ。
ほかの生徒が登校してくるまで、まだ10分以上はあるだろう。
しばらくボーっとしながら、ゆっくり時間がたつのを待つことにした。
しばらくすると、手動の扉がゆっくりと横にスライドする。
入ってきたのは女子数名だ。なんだか気まずそうな視線を一瞬こちらに投げてきた気がするが、そんなことは気にしない。
右手で頬杖を作り、外を眺める。人工物が増えているのは確かだが、まだ緑もしっかり残っている。
窓から見える校門を眺めていると、沙希が登校してきたのが見えた。きれいに束ねたツインテールを揺らしながらゆっくり下駄箱のほうに向かおうとている。しかしそこを遮る複数の影が見える。
なんだろうかと少し身を乗り出してみるが、少し移動したのか死角になっていて様子が窺えない。
(朝っぱらか、しかも卒業式の日に何かしでかすやバカはいないだろ…)
と特に心配することなく、姿勢を元に戻す。
沙希とはクラスが違うので、今日はほとんど会うことがないだろう。
さきほどの事が気にならないでもないが、わざわざ聞きに行くことでもないだろうと思い、再び卒業式の開始時間が来るのを待つことにした。
卒業式が終わると、涙を流す生徒が少数ながら見られる。この学校は中高一貫形式をとっている。
母親の立場もあり椋もこれからまた3年間小林誠吾と同じ学校に通わなければならない。
たいていの生徒は分かれることなく同じ高校に進むのだから、今泣いてる人のどちらかはほかの学校に行くのだろうか…。あまりほかの生徒と接することがないためそういう情報がいっさい入ってこない。そもそもあまり興味がない。
自分の席に戻り、再び柔らかい椅子に腰かける。黒板の左上にかけられた時計を確認すると、12時半になっていた。
HRも終り、中学生活が終了を迎えた。机の横にかけていた軽い鞄を手に取り教室を後にする。
いつもなら大体このタイミングで先から、《一緒に帰ろうメール》が来るのだが、今日はそのメールが来ない。
毎日一緒に帰っていたわけではないので、特に気にせず教室を後にする。
下駄箱で靴をはきかえ、校門に向かおうとすると、椋の携帯端末が振動する。
沙希からのメールだろうと思い、ポケットから携帯端末を取り出す。
プライバシー保護のため、周りには目視できないスクリーンを端末の投射機から出現させる。
確かにメールの主は沙希であったが、内容は想像を絶するものであった。
『今すぐに、指定した場所に来い。小林』
メールには画像ファイルが二つ添付されていた。
一つは地図だ。場所には覚えがある。昔学校の近くにあった工場の跡地だ。
もう一つの画像を見た瞬間、椋は携帯端末を地面に落としてしまった。
手足を縛られ、目はアイマスクで覆われ、口はガムテープで張りかためられている黒髪ツインテールの少女が写っていた。




