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カウントが終了すると同時に、ホールに設置されいくつかの液晶モニターに講壇にたつ椋の姿が写し出される。
覚悟は決めたものの、本気で緊張し、声が出ない状態が暫く続く。
ホールの長机に座る生徒の内の五人ほどが手を上に掲げ、親指をたて「がんばれ」という合図を送ってくる。
それに答えようと、椋は必死に声を絞り出す。
「ぼ…僕は、麒麟第一寮、一年の辻井椋って言います。入寮祭か何だか知らないけど、こういうのに選ばれて、正直言ってめんどくさいです。けど、選ばれた限りは全力で頑張らせてもらいます!」
第一寮中央ホールでは拍手が沸き起こる。一応他の寮でもそうなのだろう。
「新入生諸君も何となく勘づいているだろうか、この入寮祭は学園関係者全員が観戦する寮土戦そのものだ。しかし他の戦闘とは訳が違う!このバトルでは、勝てば通常時の百倍の点数が入のだ!同学年での戦闘は勝者に1点、他の代表四人を撃ち破れば入る点数は400!はじめから有利な状態で来月の寮土戦を行うことができる!さあ、最高の学園生活のために最高の応援を彼に送ろうぞ!」
そんなモニターのはしに写る片山の声に会場がさらに沸き上がった。
「では最後に辻井君、一言頼もうか」
片山の突然のフリに、椋はモニターに向かい叫ぶ。
「僕から言えるのはただひとつです。勝ちます!!」
ホールの盛り上がりは最高潮を迎えたのだった。
○~○~○~○
一度自室に戻り、入寮祭に向けての準備を進めていた。
といっても特にすることなどなく、ただ心の準備だけをして待つことになるのだが。
携帯の時計を確認すると時刻は午後の一時十二分と表示していた。確か開会式は2時半からなので、暫くゆっくりしようと自分のベッドにおもいっきり身を投げた。
麒麟第一寮から今回使用するスタジアムまでは直通の路線があり十分とかからないためだ。
新田は他の友達と麒麟寮で二番目に大きな建造物の、観戦専用のホールに移動するらしく、再び『がんばれ』と一言残して去ってしまった。
部屋に一人取り残された椋は枕に顔を埋めながら、≪愚者≫に問う
(なぁ…フール)
『何だ?』
相変わらず、こちらが話しかけるのを知っているように、すばやく返事をしてくる。
(四人抜きは…)
『不可能だ』
(デスヨネ…)
と速攻で否定される。
『出来るだけ“奥の手”は隠しておきたい。この学園関係者全員がみているなかでアレを使うのは我としては好ましくない』
そもそもできたらフールの存在も隠しておきたいのである。アレを見せてしまったら大変なことにあるのは目に見えている。
(一人につき使える光輪は2つずつか…相手が極端に打たれ弱くなかったら無理だよな…)
自分でも分かる。少なくともこの学園にこれる人間にそんな打たれ弱い奴は少ないだろうということを。
対戦相手はもちろん明かされていない。とはいってもそもそもこの学園での知り合いはこの寮にしかいないはずなので確実に初対面になるはずだ。
わかっているのは5人が総当たり戦をするという事、会場の位置だけであってそれ以上のことは何も知らないのだ。
(そういえば、対戦用のあのへんなフィールドあっただろ?あれの効果で俺たちの光輪の数も戻ったりしないのかな?)
正直言って期待は持っていない。がとりあえず、可能性がないわけではないので…みたいな気持ちでフールに問う。
『それはやってみないと分からない、だな。あの説明の時に戦場に立っていたのは片山という男と、契という小僧だろう?あ奴らだけに何か別のことが起きていたのかも知らん』
(希望は持っていいのか?)
『持たない方が良いな、過剰な希望は叶わぬときにいらぬ絶望を生むからな』
と、すがりたいものは消えてしまったわけだが、フールの言う通り期待を裏切られるよりはましだと、心の中で区切りをつけた椋は、ベッドから勢いよく起き上がり一つ大きな息を吐く。
パンっと両手で思い切り頬を叩き、気合を入れる。
「なんてったって俺には《愚者》がついてるんだ!一勝でもいい、勝利をつかんでやるぜ!!」
そんな声が部屋中に響き渡る。心の中を思わず声に出してしまったのだ。
少々恥ずかしい気持ちになりながらも、支度を整え、自分の部屋をドアノブに手をかけた。
とそれは同時に起こった。まるで時間が止まっているかのようにスローモーションで時間が流れる。
椋はドアノブに触れているだけなのだが、握っているドアノブが勝手に回りだしたのだ。
ドアノブがひとりでに回る状況なんて一つ以外想像できない。
向こう側から誰かがまわしているのだ。誰かなんてことはわからない。しかしこのままではまずいことになる。
このドアは椋サイドからでは引き戸になっている。
つまり向こう側からでは押して開けることになる。
「ちょっ!待って!」
と椋の虚しい叫びは向こう側の人に届かず扉は勢いよく椋の顔面に飛びついてくるのであった。
どたどたと荒い足音を立ながら何者かが部屋に侵入してくる。
扉で視界がふさがれてそいつの全貌を見ることはできなかった。
侵入者に両肩をつかまれ体を揺さぶられる。顔に走る痛みのため目は瞑ってしまっていたが、侵入者が誰なのかは声を聴いた瞬間にわかった。
「椋!答えてくれ!君は……君は《愚者》なのか!」
永棟契だ。確かに彼に《愚者》のことを隠してはいたが椋にはなぜ彼がこんなにも迫ってくるのかが理解できなかった。
「待て契、落ち着け!どうしたんだよ」
そういって椋は契の肩をつかみ、一度引き離す。
契はかなり息を荒らげながら、まっすぐな鋭い目でこちらを見ている。
ハッと我に返ったように契が椋から目を背けると、
「ごめん。忘れてくれ…」
とだけ言い椋の部屋から逃げるようにどこかへ行ってしまった。
「待ってくれ!契ぃ!!」
と叫ぶものの彼には届かず、走り去っていく彼を追おうにも入寮祭の時間が迫っていた。
時間厳守とあったので遅刻するわけにもいかず、契の事も気になるが会場の方に向かうことにした。
〇~〇~〇~〇
麒麟寮からスタジアムに向かうための電車内では、目的地は違うのだろうが多くの麒麟寮生が乗車しており、皆が皆、声援を飛ばしてくれる。
通り過ぎていく人も、わざわざ他の車両からやってくる人もいた。
皆が一様に『頑張れ』と言ってくれる。
それだけで幸せな気持ちに包まれていた。
それだけで力が湧いてくるような気がした。
それだけで自分は生きててよかったなと思えたのだ。
電車は10分と経たないうちにスタジアムに到着する。
このころには電車にほかの乗客は乗っておらず、ホームも異常なほどの静けさに包まれていた。
一人だけでぽつぽつとOLの案内機能を使いスタジアムへと歩みを進めていく中、ぽつんと一人駅で佇む女性を発見した。
美人、いや華麗といったほうがいいか、本当にきれいな人だった。
銀の髪は真琴よりさらに長く、本当に地面まで届いてしまうんじゃないだろうかと思えるほどの長さ、だが艶がありダメージのようなものが見られない。
見た目からしてさほど年は変わらないように見える。
これで白いドレスでも着ていれば本当にどこぞの姫よりも美しく見えるだろう。
話しかけるのもためらわれるような姿だが、目を離すことができず、つい見とれてしまっていた。
そんな椋の視線に気づいたのか銀髪の女性はこちらに向かいすたすたと歩いてくる。
少し距離があったため気がつかなかったが、椋と同じかそれ以上に身長が高い。
向こうは量の目の前で歩みを止めると、一礼し、
「私、坂本乙姫と申します」
と丁寧な自己紹介をしてくれるのだが、先程の中継よりも緊張してしまい、まったくと言っていいほど声が出なくなってしまっていたのだった。




