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想像以上のスピードと威力に、思い切り後ろに跳ね飛ばされてしまう。
止まったと思っていた少女は、勢いを殺し切れずに、椋と一緒に飛んでいる。
このままでは少女の方も危ない気がするので、両手で少女の頭を抱きかかえ、自分下になるように着地する。正確に言えば、体の自由がほとんど聞かないため、必然的にそうなってしまったのである。
まぁこのまま女の子を固い床に叩き付けるよりかは幾分かましな結果である。
意識も何とか保てている。不幸中の幸いといえよう。
衝突の後、少女を追うように、もう一つの足音が聞こえた。
「まってぇぇ!!優奈ちゃ~ん!!おねぇちゃんを一人にしないでぇぇ!」
聞こえる声も、その言葉の中に出てきた名前も、どこかで聞いた覚えがある。
後からやってきた栗色の長髪の少女(顔は見えないが)は、椋の上で抱きかかえられている優奈というらしい少女を椋から引きはがし、己の胸抱きかかえる。
優奈は捕まえられた動物のように少しジタバタする。
この構図からして、優奈はもう一人の少女に追われていたのだろう。
先ほどの妹を呼ぶ甘い声とは違って、まさに鬼と呼ぶのがふさわしいような…そんな声で少女が叫ぶ。
「椋…アンタ……アタシの妹に手ェェェェ出したわね!!」
女性で椋のことを下の名前で呼ぶ人を、椋は二人しか知らない。
そのうち一人は、こんな乱暴な言葉遣いはしない。絶対。
噂のもう一人は、状況が理解できず少し混乱しているようだ。
推測というかほぼ確実ではあるが、彼女は柊真琴だろう。見た目はとてもおしとやかそうなのに…もったいない!
昨日といい今日といい、どっちが素の顔かはわからないが、とりあえず重度のシスコンなのには変わりないようだ。
とりあえず、誤解を解きたい。
がしかし現状を否定しようにも、先ほどのダメージがとれてなくて声が出せない。
動けない椋の視界にフレームインした真琴が、こぶしを固く握りしめている。
(確実に飛んでくるな…)
「いやぁ!やめておねえちゃん!」
と真琴の胸に埋もれていた優奈が真琴の腕を解き、スタッと着地する。
「このおにいちゃんはね、ユナを(姉の魔の手からも)助けてくれたんだよ?ユナの命の恩人を傷つけようとするなんて……おねえちゃんなんかユナは好きになれないな……。」
真琴の全身がガクガクと震え、どんどん全身の力が抜けいっているようだ。
そのまま床に座り込み、ひざを折り畳んで、暗い顔をしながらぼそぼそと何かぼやいている。
(この妹策士だ!姉の扱いに慣れてる!)
などと少し感動しているうちに、やっと体の自由が戻ってくる。
ゆっくりと起き上がり、少し赤く腫れた顎を右手で撫でる。まだかなり痛いし、少しふらふらするが、病院にお世話になるほどではなさそうだ。
「ありがとう、柊優奈ちゃん…でいいのかな?」
腰を下ろし、目線を優奈に合わせて一応確認を取る。姉と同じくきれいな栗色をしている。
「優奈でいいですよ。それより…先ほどは姉ともどもご迷惑をおかけして…本当に申し訳ありませんでした。」
勢いよく頭を下げてくる優奈。長めのポニーテールがその後を追う。先ほどの姉との会話と比べると、えらく印象が違う。たぶん姉以上に大人である。
「気にしなくていいよ。優奈ちゃんのほうに至っては完全に事故だからね。真琴さんのほうは何とも言えないけど…。」
ハッっと忘れてたかのように椋に一礼し、真琴のもとに向かう優奈。
まるで真琴の存在を忘れていたような感じであった。
そっと真琴に耳打ちをする。何を言ったかは知る由もないが、真琴がゆっくりと立ち上がると、そのまま優奈を抱きしめて、ほおずりまでしている。優奈の方はかなり苦しそうだ。
(柊真琴……思った以上に単純なのかもしれない。)
などと声には出さないが、確信をもってそう思うのであった。




