死
老人がこときれたのは、朝日がのぼる少し前だった。
人工灯の光の下、老人の家族が深いため息をついた。悲しみ、安堵、通夜の心配、様々な意味のこもった溜め息だった。
医者は今後の事について説明をした後、看護婦を連れて出ていった。
父親は葬儀屋を呼びに行った。
母親は親類に電話をかけに行った。
老人の二人の孫娘が取り残された。
中学生の姉は泣いていた。
幼い妹はぼんやりと老人の干からびた死顔を眺めていた。
離れて暮らし、交流も少なかった老人の死に対して感慨らしい感慨は湧かなかった。状況の異常さに不安を覚えるのみだった。
老人のまぶたがめくれた。
子供はびくりとして、姉を見た。姉はセーラー服の裾をいじりながら静かに泣いていた。
再び見る。瞼は開いている。
「お姉ちゃん」
甲高い声で叫ぶ。
「おじいちゃん、起きたよ」
まさかと姉が泣き腫らした顔で立ち上がる。老人は目を閉じている。
「馬鹿」
妹を睨みつけ、元いた椅子に座る。
妹は、慌てて老人を見る。
開いた目から、大勢の小さな黒い人間が出てくる。
眼球のあるべきところには黒いそれらがもぞもぞとうごめいている。よく見ると、鼻の穴、少し開いた口、耳の穴からもゾロゾロと出てくる。
「お姉ちゃん! 見てよ!」
半泣きで叫ぶ。
姉は仕方なく老人を見るが何も起こらない。
姉には見えていない。子供はブルブルと震えながらスカートの裾を握り締め、ベッドの上の光景を凝視する。
老人の死体の上は黒い生き物に見る見る覆われていく。それと同時に風船から空気が抜ける時の様にしぼんでいく。老人の中身を食い尽してしまった黒い生き物たちは、ベッドの上にうごめき、踊るような動きで走り回る。
「お姉ちゃん!」
妹は泣き叫ぶ。
同時に黒い人間たちは動きを止め、彼女を見る。
「お姉ちゃん! ここから出ようよ」
腕を引っ張る。姉は迷惑そうにそれを振り払う。
黒い人間たちは動き始めた。
「家に帰ろう。帰ろうよ!」
姉は涙の乾いた目で妹を一瞥し、無視する。
「お姉ちゃん!」
黒い人間たちは、しわくちゃになって潰れた老人の体を残し、ベッドのパイプを伝って次々に降りようとしている。
《了》