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紅い果実  作者: 酒田青
再び紅い果実に類する幻想ホラー集
56/58

ユキちゃん

「ユキちゃんどこに行ったの」

 由梨が父親に尋ねた。何となく存在感の薄い空の下、父の好みのアメリカ風の庭は青々と芝生に覆われている。

 父はゴルフのパットを練習している。さっきから何度も球を打つが、庭の真ん中にあるホールにはわざとのように入らない。父はイライラと短く答えた。

「捨てた」

「どうして!」

 由梨は絶望的な気分で父親にすがりついた。父は煩そうにそれをふりほどいた。

「どうしてって、もう必要ないだろ」

「あるよ。ユキちゃんはあたしが小さい頃から大事にしてたんだから」

 父は黙ってまた球を叩いた。勢いよくホールを逸れて庭の端に転がる。父は舌うちをして、面倒臭そうに新しい球を箱から取り出した。

「絵本は六歳、ぬいぐるみは十歳を過ぎたらもう必要ない。お前、もう五年生だろ」

「そうだけど、ひどいよ」

 由梨は泣きそうだった。

「何がひどいんだよ。お前のためだろ。ああいうのは早い目に止めて、勉強に専念するのがいいんだよ」

「まだ五年生……」

「早い子は今からやるんだよ。受験するんだろ」

 由梨が黙りこんだ。大人たちはこの話ばかりするが、由梨にはそんな先のこと、としか思えなかった。何もかも大人ばかりが先走って由梨を戸惑わせた。

「それとユキちゃんがどう関係あるの」

 由梨は小さく、低い声で尋ねた。父親はその無表情な顔をちらと見て、あからさまに首をすくめた。

「俺は無駄が嫌いなんだよ。もうぬいぐるみはいらない」

 由梨は父親をぐっと睨んだ。

「ユキちゃん、返して」

 父親は溜め息をついた。

「捨てたって言ったろう。もう燃えてるよ」

「お父さんが返してくれないなら、あたし、自分でユキちゃん取りに行く」

 由梨はくるりと父親に背を向け、門に向かった。父は吐き出すように「馬鹿」と呟き、またゴルフの練習を始めた。

 ユキちゃんは戻ってくる。戻ってくる。戻ってくる。

 頭の中でそう唱えながら、由梨は黒い格子の扉を押して、道に出た。その時、空が暗くなった。由梨は空を見上げた。

「ユキちゃん!」

 由梨が見たものは、空に浮かぶくたびれた犬のぬいぐるみだった。舌を出し、笑っている。

 燃え盛りながら。

 由梨は嬉しそうにぬいぐるみを追い掛けた。庭の上、それも父親の上に浮かんでいる。

「ユキちゃん!」

 その途端ぬいぐるみは弾けた。燃える綿が雪のように庭に降り注いだ。


 《了》

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