幕
今日も僕は白い幕に区切られた場所に座っている。ここは、狭い。薄汚れた幕はゆらゆらとはためくが、あまりに大きいので向こう側を覗き見ることが出来ない。ただ、声だけは聞こえる。
「ねえ、私のこと、好き?」
「はい」
「好き?」
「はい」
「好き?」
「はい」
少女の可憐な声は何度も男に問い掛ける。僕は耳をすませる。少女は同じ質問を五十二回繰り返した。
「好き?」
「……はい」
「あら、今ためらったわね。ためらったでしょう」
少女の声が甲高くなる。男の一本調子だった声は急にこわばる。
「そんな、ことは」
「好きじゃないのね。私のこと好きじゃないのね。そんな人は、そんな人はね」
次の瞬間、悲鳴が聞こえた。男の悲鳴だ。やめてくれ、助けてくれと叫んでいる。
悲鳴が高まるごとに、何か肉のようなもののちぎれ、裂ける音がする。骨のようなものがバキボキと砕ける音がする。
男は静かになった。その代わり、何かをむさぼるような音がする。誰かが何かをすすり、かじる音だ。
いい音だ。美しい音だ。僕は毎日この音を聞いている。彼女は声と同じく可憐に違いない。きれいな形をしているに違いない。
彼女に、会いたい。
その時きぬずれの音がして、その方を見るとほっそりした手が幕の隙間から覗いて手招きをしていた。少女の声は言った。
「次は、あなたの番」
《了》