叫び
きゃあ、と悲鳴が聞こえた。俺は振り返った。小柄な女が目を見開いて俺を見ていた。
「何ですか」
不審に思って尋ねると、女はまた同じ甲高い声を上げて逃げていった。一体何のつもりだろう。
俺はまた元の方向に歩き出した。今日はいい天気だ。人の賑わいが心地いい。
たが、また聞こえてきた。女の叫び声、しかも今度は複数の声だ。よく見ると目の前の女の三人組が恐ろしそうに俺をにらんでいる。
俺は顔をしかめて、固まって俺を横目で見る女たちの横を通りすぎる。今日は妙な日だ。
ぎゃあ、とまた声が聞こえた。流石に立ち止まらざるを得なかった。視界にいる全ての人間が、俺を見て恐れ、驚き、軽蔑の目を向けているのだ。
俺は声が出なかった。
「逃げようよ」
足をがくがくと震えさせながら、少年が母親の袖を引いた。別の母親は小さな娘を抱き、こそこそと集団の奥に入っていった。それと同時に、俺の周りの人々が一斉に道の向こうに向かって早足に歩き出した。
やっと声が出た。
「俺が何をしたっていうんですか」
ひきつれた声だった。とても怖かったのだ。だが、人々は俺よりももっと恐れていた。早足の群衆は突然叫び、走り出した。
俺は早鐘を打つ心臓がとても痛いように思えた。孤独だ。そんな気持ちが体を満たした。辺りには沢山の靴音と、叫びが響きわたる。
ピリ、と嫌な音がした。同時に鋭い痛みが走った。涙目を開いた。無数の糸が、俺の体に巻き付いていた。血が薄く流れている。
「止めてくれ! 逃げないでくれ!」
俺は叫んだ。この糸の先は逃げていく群衆の体から一本一本が出ているのだ。彼らが遠ざかれば遠ざかるほど俺の体は細い糸に強く絞め上げられ――。
「逃げないでくれ」
俺は泣きながら群衆を追った。しかし風のうなりのような叫び声は次第に遠ざかり、俺の体は糸で締め付けられ、あちこちがデコボコと盛り上がっていき――。
ブツブツと音がして、体が弾けた。
《了》