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胎内
私は暗い、暖かい場所を歩く。辺りは湿っていて、息をつくと甘い香りの空気の波が私の鼻孔に潜り込む。
「可哀想に。可哀想に」
壁越しに母が呟く。その声は優しく慈愛に満ちていて、私は涙が止まらなくなる。母に哀れみを受けることが、こんなにも嬉しいことだなんて知りもしなかった。
「お母さんのお腹の中に戻りなさい」
母は私を抱き締めた。私の体は次第に力を失い、小さくなった。頭が朦朧とする。吸い込まれていく。母のへその穴の中に。
暗い。しかし僅かに赤く透けて見える母の胎内の色。
私は柔らかな胎盤に寄りかかる。体が深く沈む。母の血が波打つ。血液の流れるさらさらとした音が、私の身体中に響きわたる。
「お母さんが守ってあげる。そこにずうっといなさいね。ずうっと、ずうっと」
私は体を丸めて泣く。ずうっと、ずうっと、ここにいられるのだろうか。いていいのだろうか。私は顔を母の胎盤に押し付けて泣く。
「ねんねん・ころりよ・おころりよ」
私は眠る。深く、深く。
《了》