障子
僕は会ったばかりの女の家に泊まった。夜の街で見つけた女だ。
女は地面に寝転がっていた。賑やかな酒屋街の隅で、酔っぱらった人々の千鳥足の側で、ごろん、とただ体を投げ出していた。目は殺人死体のようにカッと開いていたが、目玉はぎょろりと動き、揃えた腕がずるずると移動していた。酔っぱらいには見えなかった。
僕は酒の気もすっかり失せ、アスファルトの上に寝る女を見つめた。すると、女が僕を見た。唇の端がゆっくりと上がる。
「うちに来てよ……」
喧騒の中、直接鼓膜を震わしたその声は風邪ひきの喉から出るような息だけの物だった。相当に気味が悪く感じそうなものなのに僕の頭は空白になってしまっていて、僕はいつのまにか頷いていた。
女はのろのろと立ち上がり、僕にねっとりとまとわりつきながら、「家」へと連れていった。
今僕は女の家にいる。小さな木造家屋で、辺りの家は真っ暗だ。人がいない街だということを、僕は何も感じずに思った。
この和室は女の居室で、古い化粧鏡と布団しかない。畳も黴臭い。
それに、何故だろう。障子紙が赤い。光の無い深夜には鮮やかすぎるほどに。
「あたしの男になって……」
声が聞こえる。あの、声にならない声が、障子の向こうから聞こえる。
「この家であたしと一緒に暮らして……」
赤い障子紙に女の影が映る。月は明るい。女は上半身だけで這って進む。ずるずると、床と素足が擦れる音がする。
「一生、ここで……」
障子が隙間を作る。女の赤い爪がそこから覗く。
赤い障子紙に映った女は、この部屋に入ろうと体をよろよろと立ち上げる。それは影だけの生き物に見える。
《了》