同じ顔
二つ違いの姉妹は双子のようにそっくりだと言われるが、鋤緒家の六人の姉妹も全くその通りの一例だった。
六人というのはこう言うことだ。
長女一子と次女二子は一卵性双生児だった。
三女三枝は二人のふたつ下で、よし子・五子六美の三つ子もまたそのふたつ下だった。
六人の姉妹は本当にそっくりで、彼女らに初めて会ったとき、大抵の人はさびれた遊園地のミラーハウスに間違えて入り込んでしまったような奇妙な気持ちになる。
六人は同時に同じ笑いかたをする。
毎日意図せず同じ色の服を来て朝食の席に顔を出す。
捨てられた子猫の一匹を一子と二子が拾ってきたその日、三枝が同じ箱に入っていた一匹を、よし子・五子・六美がまたさらに一匹を連れてくる。
六人は殊に鏡を愛した。
彼女らが美しかったからというのもその理由の一つだが、彼女らの美しさというのはそれほど飛び抜けたものでもなく、平凡さのある美しさだった。ただ、六人が同じ顔だということが、その美しさに奇妙な凄みを与え、他人に特別美しいような印象を与えるのだった。
だが、彼女らが鏡を愛したのは自分の美しさを確認することだけではなかった。
他の五人の姉妹と共に、母親の三面鏡に顔を寄せるのを楽しみに、それをしているのだった。
三面鏡に写し出されたそっくりな六人姉妹の凄みは恐怖と言っていいほどだった。
正面の鏡に六人、側面の二枚に横顔が六人いる。
更に鏡同士で写しあった六人の虚像が永遠に写し出されていくのである。六人は側面の鏡をやや内側に向けて鏡に顔を寄せるのが好きだった。
そうなるとそっくりな少女の顔が無限に見えるのだ。大小の同じ顔が三面の鏡に隙間なく写し出され、その顔は例外なく同じ笑いかたをしているのだ。
六人の少女はうふふ、と同時に笑った。彼女らにとってはこの上ない面白い遊びだった。
母親は彼女らのこの遊びが怖くて仕方がなかった。
写し出された無限の顔を見なくても、六人の後ろ姿までそっくりな娘たちが体をぎゅうぎゅう押し寄せあっているのが何か不気味だった。
「そんな遊びは止めて、別々に遊びなさい。一子と二子は勉強をしなさい」
母親がそう叱ると、六人の姉妹は同時に振り返り、同じ様にうふふ、と笑うのだった。母はそんなときいつも肌が粟立った。
ある日母親は異変に気付いた。
何かが足りない。
姉妹は相変わらず鏡を覗いて遊んでいた。鏡には沢山の同じ顔があった。
彼女らには小さな違いがあった。年齢が違うために、背丈が違うのだ。
母親はそれぞれ同じ大きさの二人と三人しかそこにいないことに気付いた。
「三枝はどうしたの」
母親が尋ねると、五人の姉妹は鏡ごしに彼女を見て、うふふ、と笑った。母は鏡の中の顔が全て彼女を見ているのにぞっとした。
母はさっと部屋を飛び出し、風呂場でそれほど必要でもない洗濯を始めた。何か彼女の分からないことが起こっていた。
風呂場から戻ると、鏡の前には一番大きな二人しかいなかった。
「よし子たちは……」
母の言葉に、双子はいきなり振り向いて、うふふ、と笑った。その時母は気付いた。
多すぎる。
鏡の中には二人の少女がいるだけでは作り得ない無数の同じ顔が写し出されていた。正面の鏡にびっしりと、大小の娘たちの顔が写っていた。どの娘がどの子なのか、分からなかった。幼さに多少違いがあったはずなのに、母親にさえどれも同じ顔に見えた。
母は悲鳴を上げた。
「うふふ」
長女と次女は母が叫ぶのを見て笑った。
鏡の中の顔は彼女たちがもはや鏡を見ていないというのに、正面を向いて母を笑っていた。
「うふふ」
双子の姉妹は笑った。
母は頭を抱えて泣き叫んだ。母は、自分が何故泣いているのか叫んでいるのか分からなかった。恐怖のためか、娘に起こった異常に対する悲しみか。
「泣かなくてもいいのよ、ママ」
双子の片方が言った。
「そうよ。私達いなくなるんじゃないわ。増えていくだけなんだから」
もう一人が言った。
母は顔を上げて双子の向こうにある鏡を見た。確かに顔が増えていた。もはや隙間などなく、小さな顔が無数にそこにあった。
「うふふ」
「うふふ」
双子が笑うと、鏡の中の同じ顔も笑った。
同じ声の大合唱に、母は崩れつつある己の精神の支柱を必死で守ろうとしながら、震えていた。
双子はそんな母を、冷たい笑顔を浮かべながら観察していた。
《了》