白馬
鴇色の絹糸がなびいたと思ったら、そこには白く輝く白馬がいて、たてがみは日暮れの色を吸い込んでいた。
白馬は思い悩むように長い睫毛を伏せ、首を上げていなないた。
僕は自分がそこにいるのが場違いのように感じた。
白馬は今まで僕の側にあった世界を、一瞬にして自分のものにした。
鴇色のたてがみはなびく。とても柔らかそうだ。
キラキラと白い毛が光を反射し、そこにある太陽よりも、川面の輝きよりも美しいと、僕は思う。
白馬がふいに鼻先を僕に向けた。
黒い瞳には金色の涙が薄く幕を張っていた。
下まぶたの上に溜ったそれはにわかに膨れ上がった。
金色の涙が赤く乾いた地面に落ちた。
ぽと、ぽと、と。
僕は白馬に手を差しのべた。とるにたらない俗な手ではあるけれど、僕は馬に触れて涙を止めてやりたかった。
突然、馬の影が歪んだ。
僕の目の前で、白馬の腹の絹糸のような毛はぎゅるぎゅる渦巻いていく。
渦は次第に馬の体に食い込み、大きくなり、とうとう穴になった。
僕に覆い被さっていた白馬の黒い影は、僕の足元に赤い穴を作った。
馬の腹の穴からぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
穴の向こうには泥と血と汚物の世界が見える。
穴の部分に通りかかった汚れた生き物がズルズルと青黒い体を引きずりながら、僕を見る。
そして、にやにやと笑う。緑のよだれが大きな口の中を光らせる。
僕は驚いてあとずさった。
白馬は恥じ入ったように目を伏せ、再び金色の涙を落とした。
はら、はら、と。
穴は閉じようとしていた。白馬が金色の涙を落とすたびにそれは小さくなった。
完全に閉じる前に、中の生き物が笑いながら言った。
「汚らわしいとはよく言ったものだ。私の仲間はお前たちの中にも住んでいるというのに」
白馬は屈辱のあまりに金色の水溜まりを作った。
涙は渇れることは無かった。
《了》