聖夜
クリスマスの夜は一人だった。
三日前に恋人と別れた。
そのことで相当に傷付いていたのかもしれない。友人たちの誘いも断って、イブもクリスマスも予定は無かった。
イブは日曜でクリスマスは平日の月曜だった。
仕事があっても無くてもイブはイブで、クリスマスはクリスマスだった。日本中の恋人たちが浮かれていて、僕は一人底の方へと沈んでいった。
クリスマスは終わりに近付いている。イルミネーションやツリーやサンタクロースの仮装をした若者たちが街を飾る。恋人たちが街でひしめき合う。
仕事が終わって、僕は体の疲労を引きずりながら、気持とちぐはぐな周りの空気を吸い込む。
あいつは、かつての恋人は、新しい男とこの2日間を過ごしたんだと思う。
「彼とイブの約束をしてるから」
きっと定番のクリスマスカップルの一日を過ごしたんだろう。
昼はどこかのイベントに行って、夕方にレストランで少し高い酒を飲み、夜はホテルで抱き合う。あるいはどちらかの家で過ごしたのかもしれない。
どちらにしても、夜のクリスマスカップルの行動は決まりきっている。
僕の気持ちはどんどん暗闇へと落ち込んでいく。周りと隔絶した世界へ。
だけど鼓膜は相変わらず現実と密着している。「ジングルベル」と甘えたような女たちの声が身体中に響き渡る。
「全員死ね」
驚いて振り返った。誰かが僕の耳元でそう囁いた。
誰もいない。
「死ね」
また聞こえた。かすれた、男か女かよく分からない声。僕はゾッとして、委細構わず立ち止まってキョロキョロと辺りを見回した。
「死ね」
僕はギクリと立ち止まった。仮装のサンタクロースの口許を注視した。
「死ね」
ニコニコ笑い、誰ともなしに手を振りながら、サンタクロースはそう呟いていた。
「死ね」
僕はようやく気が付いた。
クリスマスの人々の唇の動きに。
「死ね死ねシネ死ねシネ死ね死ねシネシネ」
笑いながら、寄り添いながら、抱き合いながら、人々は合唱し続けた。
僕は光に満ちた聖夜の夜の空の下で、ぼんやりとその光景を眺めていた。
《了》