蛙
ぼくは悪者だ。
だって、ヌバタマ池の蛙を手当たり次第捕まえて、ガラスの瓶にギュウギュウに詰めて楽しむからだ。
捕まえた蛙は、牛蛙も雨蛙も一様にべったりとひしゃげて、目を細め、喉の膨らみをぼこぼこさせて戸惑っている。
ぼくはこれが面白いのだ。だからぼくは悪者だ。
ヌバタマ池から帰る前に、ぼくはいつも蛙を瓶から出す。どれもヘトヘトに疲れて、しばらく動かない。ぼくはそんなねばっこい塊をじっくり見てからさっさと帰る。
ヌバタマ池は、危ない所なのだ。
幽霊がいたとか、首つりがあったとか、池の水が赤くなるとかいう噂を聞く。
確かにここは薄暗くて、鬱蒼とした木に囲まれていて、池だってろくに日は当たらず、囲いもない淵にでろんと緑の藻をくっつけている。正直に言うと、ぼくは怖い。
でもそれ以外に、危険であるという理由はあるのだ。
それは、殺人鬼がいるということだ。
昔、ここで女のバラバラ死体が見付けられたらしい。死体はヌバタマ池の中から見付かった。犯人は、女の家族でも恋人でも知り合いでもなく、通りすがりの変質者だ。未だ捕まっていない。ちょっと不気味だ。
そんな危ないところに何故いつも来るかというと、何となくスリルがあるからだ。他の奴らみたいに怖がって来ないのは、臆病だ。
今日もぼくは蛙の塊を瓶から出す。蛙はよろよろと動き出す。ぼくはしゃがんでそれを見る。
何だかもう飽きてしまった。ヌバタマ池も、つまらなくなった。雰囲気もスリルももう擦りきれた。
「ねえ」
男の声がしたので顔を上げた。
顔がつるつるした、丸顔のおじさんがいた。プツプツ音がする。よく見ると、ナイフで蛙の手足を切り取っている。
ボトボト、手足の無い蛙が落ちてくる。
「ねえ、ぼく。何してるの?」
それは優しい声だった。
おじさんはニコニコ笑いながら、沢山の蛙の手が吸盤で張り付いているジャックナイフをぼくに向けた。
「おじさんと遊ぼうか。楽しいよ」
《了》