美少年
その少年は、四角い部屋の隅に、おぼろげな目つきで立っていた。
この部屋に入った途端、空気が輝いて見えたような気がした。辺りは急に明るくなり、チカチカと瞬き、胸はドキンと波打った。それは全て、なまめかしいまでに大人びた、この小柄な少年のために起きたことだった。
僕はあまりの眩しさに彼を視界に捉えそこなった。部屋の入り口に立ったまま、動けなかった。この気持ちは何だろう。生まれて初めて感じた、女には一度も感じたことのない感情だった。
もう一度改めて見ると、少年の肌は白滋の皿のようだったし、頬の辺りは紅をなすったかのように赤かった。大人の女のような色めいた目をしていて、気味が悪いほどだった。
気味が悪い。その感覚は全身を走った。彼のこのなまめかしさは何だろう。とても危険だ。そんな気がした。
少年は僕を見ていない。僕は後退りをしようとして止めた。出来なかった。動かしがたい感覚に、体をがんじがらめにされていた。
僕にはすることがある。やらなければならないと、その感覚は狂暴なまでに訴えてきた。
部屋を見渡した。お膳立ては出来ていた。屈み込んで手にしたのは、錆びた臭いのする、手にざらつくスコップだった。
少年は相変わらず、部屋の隅に立ったまま黙り込んでいた。瞬きひとつしない、黒目の大きな目は、わずかに虹色に輝いていた。
僕は床にスコップを突き立てた。硬い土に潜り込ませようと足で踏みつけたが、掘り返した量はわずかだった。それでも僕は掘った。掘って、掘って、汗が流れて手足が無感覚になっても掘り続けた。
少年はいつの間にか僕の側に立っていた。目はどこか別のところを見ているというのに、彼は僕にぴったりと寄り添っていた。時々、シャツごしに温かで柔らかな体に触れた。掘ることに集中していたはずの僕は、その度に頭が真っ白になってしまい、少年の恐ろしさに怯えたが、それでも掘ることを止めなかった。
土を掘ることは、彼の行動とは違って思い通りになることだった。土は掘る度に少しずつ穴を拡げ、深さは僕の爪先ほどしかなかったのが、腰までの深さになり、ついには肩までの高さになった。
ここまで来ると、少年は僕に寄り添うことは出来ず、しゃがみ込んでぼんやりと穴を覗き込んでいた。
僕はやっと安心して穴を登った。手をついて体を浮かし、足で壁を蹴って穴から出た。
息をきらし、蹲った僕は、これで大丈夫だ、と思った。あと少しで僕は助かるのだ。
次の瞬間、僕は心臓を奪い取られたような痛みを感じた。目の前に少年がいて、うっすらと笑っているのだ。恐れるべきは今だったのだ。
少年は細く白い腕を、動けない僕の首に巻き付け、滑らかな皮膚は僕の皮膚を擦った。強い電流が体を流れたような気がした。
気味が悪い。気味が悪い。
恐ろしい。恐ろしい。
僕は震えながら右手を挙げた。少年の顔は息がかかりそうなくらい接近していて、僕の目を、猫のような目で見つめていた。
僕の手は、宙をさまよった。そして、柔らかな肉を掴んだ。少年の腕は僕の手に掴まれ、立ち上がった僕は彼を突き落とした。
深い穴の中へ。
どすんと落ちた少年は、相変わらずぼんやりと僕を見上げていた。僕はその視線を振り払い、山となっている土をバラバラと落とした。少年は落ちてくる土には関心を払わず、ゆっくりと横たわった。
少年が埋まって行く。見えなくなっていく。僕はようやく安らいできた。あと少しで、顔も見えなくなる。
「さようなら」
子供っぽい、弱々しい声がした。僕は土を落とした。全ての土が落ちると、そこはこんもりと膨らんだただの床に戻った。
部屋はただの部屋になった。空気のきらめきも、胸のざわめきも、何もかもなくなった。
《了》