すべり台
布と土が擦れる音がする。小気味良い。粗い砂が流れ落ちていくような清々しい音だ。
「誰かいますか?」
笑い混じりに尋ねる。みるみるうちに近付いていく遠い下の世界に。
とても長い穴だ。いくら滑っても何も見えない。すさまじい速さで移り変わっていく黒い土の壁が、目の端に見えるだけだ。
返事はない。だけど私はケラケラ笑う。凹凸が背中に当たる心地よさ、ただただ落ちていく楽しさに。
「誰かいますかー?」
後ろから私の真似をして加代が叫ぶ。私以上に楽しんでいるらしい。声は甲高い。
ザアッと背中が滑っていく。体が落ちるのが止まらない。風景も止まらない。
いつまで落ちるんだろう。私達はきゃあきゃあと騒ぎながら、不安の欠片もなく落ちていく。
「誰かいますかー?」
私と加代はせーので声を合わせて同時に叫んだ。その時、やっと聞こえた。
「いるよ」
それは低い声だった。人と話すことを止めた人間の、かすれて乾いた喉から発する物だった。
私達は顔を見合わせた。そして滑るのを同時に止めようとして手足を突っ張った。止まらなかった。ザッと鳴ったと思うと掌の皮膚は破れて鋭い痛みが走った。血まみれの手を見て、私達は悲鳴を上げた。それでも体は滑っていった。
「うるさいね。うるさいね」
声はさっきよりも近くで聞こえた。私達がやっと深く後悔して泣き出した時だった。
「どうしてやろうか。畜生」
緩やかにカーブした長い穴の向こうに、異様に小さく歪な体をした、真っ黒に汚れた男が私達を待っていた。手には年季の入ったつるはしがあり、足元にはスコップが落ちていた。泥の山と粗末な敷物が私達の意識の端をかすめた。男の目は赤く病的に充血していた。
「見たな……見たな……見たな……」
男はぶつぶつと呟き、つるはしを無器用に振り上げていた。声を失ったまま滑っていく私達の背中は、粗い砂が流れ落ちるような小気味よい音を立てた。
《了》