笑う顔
空が笑っている。
青の濃淡が顔を作る。明確な笑い顔だ。細い目の男が丸い鼻と切れ目の鋭い大きな口の端をつり上げて、こっちを見ている。
窓の下では着飾った同年代の男女が色の褪めたアスファルトの上をだらだらと歩いていて、中年の教師がうつむいてその中をすり抜ける。
若者は空虚に笑っている。老いた者はその空虚さを恐れている。
何てあっけらかんとした風景だろう。全てが透けて見える。人間も建物も、みるみるうちに密度が下がっていく。いつかただの空気になってしまいそうだ。
空の顔はまだ笑っている。あそこだけ密度がある。多分地上から少しずつ吸い取っているのだ。様々な物質を。
教室は老いた教師の単調な声で満ちている。風景が点描に見える。寝ている同級生も、真面目そうな留学生も、全てが薄い。あの顔が何もかも吸い取っているのだ。
顔がゆっくりと口を開いた。笑顔は変わらない。ただその歯のない口の中に、黒い何かが見えるだけだ。
目の前がクラクラとめまいに似た揺れで歪んだ。顔の口の中の黒が広がっていく。目の前が黒い染みに覆われていく。
力が抜けて、体が落ちた。軽い机と椅子が大きな音を立てた。
私が死んだとき、消えてしまうのは私だけだろうか。それとも私が認識するのを止めた途端、世界は霧が晴れるように消えてしまうのだろうか。
《了》