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紅い果実  作者: 酒田青
紅い果実とその他の短い幻想ホラー
28/58

 今日もまた聞こえてきた、あの音。

 オルゴール式の掛け時計が、夜の十時になると必ず他と違う音で鳴る。

 今日も聞こえる、短い音節の繰り返し。

 カツ、カツ。

 靴音。

 居間に座った私は、脅えながら隣の母を見る。

 私をじいっと見つめる、般若のような顔。

 私は先ほどまで談笑していた母を思って、目を閉じたくなる。

 母はその顔を妙な姿勢で突きだし、私に触れそうになるほどに近寄る。目を閉じた私はその激しい獣のような吐息を聞く。

 私は自分以外の何者かの意思に操られ、立ち上がる。

 じっと睨む般若の母を残して廊下を出る。

 そして、二階に向かう。

 途中で妹に会う。

 顔が、粘土細工のように不気味に歪められている。

 片方のまぶたが縦に開き、喉まで広がる唇がパクパクと動いている。首に、歯が生えている。

 少し前に軽口を叩き合った、仲の良い妹。

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

 妹はこの言葉しか喋れなくなる。

 何も見えないつもりでいるしかないのだ。その横を通りすぎる。妹の突き出した手が虚空を掴む。

 階段を見上げる。上の階には兄がいる。

 青ざめた顔で、私に何か言おうとしたまま固まっている。目だけがキョロキョロと動く。

 最後だ。

 最後に兄の横の壁から、女が出てくる。ボサボサ髪の、汚い服を着た見知らぬ女。

 気が狂ったように口をだらしなく開いて、ゆっくりと階段を降りる。

 ガタン、ガタン。一段降りるごとに、女の固定されていない上半身が動く。

 私はやっと逃げ出そうとする。

 水飴のようになった空気の中を、力一杯歩く。女は怒ったように唸る。

 やっとの思いで、私は階段横の父の書斎に入る。

 だが、椅子に座った父は放心した顔をしている。そして立ち上がり、そのままの顔で私に突進する。

 私は父に捕まる。

 後ろでドアが開く音がする。私は震えながら首を振り向ける。

 女の目が私を隙間から覗いている。ドアはゆっくりと開いた。

 私は叫びたくても叫べない。

 女が私の腕を掴み、首を掴む。私の顔を、その狂った目でためつすがめつ眺める。

 女はニタニタ笑う。

 その後、私の体に噛みつく。何度も何度も。

 私は初めて叫ぶ。

 だけど誰も助けてはくれない。

 この出来事は夜の十時になると毎日起こる。

 家族の誰もそのことを忘れている。

 私は逃れられない。

 二階にはあの女がいる。

 誰も気付いていない。


 《了》

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