千代紙
幼い僕は、夕暮れの公園の隅で女の子を見た。可愛い子だった。
僕は彼女におずおずと近寄った。もう家に帰らなければならない頃だ。でも、その前にせめて彼女と一言だけでも交したくなったのだった。
「なあに」
僕に気付いた彼女が不思議そうに僕を見上げた。彼女はベンチに座って、折り紙のようなものを広げたスカートの上に並べていた。
「それ、何してるの」
思いがけず喧嘩ごしのような声で怒鳴ってしまった。僕は内心慌てた。
「千代紙買ってもらったんだよ。綺麗でしょ」
焦る僕のことなど意に介さずに、女の子は微笑んだ。人形のような笑顔だった。
「お父さんが買ってくれたの?」
「ううん、おばあちゃん。いいでしょう」
と、女の子が朱色に白い筋がいくつも通った一枚の千代紙をかざした。僕はようやくこの千代紙を誉めなければならないことに気付いた。
「綺麗だね」
「そうでしょ」
女の子は嬉しそうに笑った。
「おばあちゃんと一緒にいないの?」
「今ちょっとどこかにいっちゃってる」
「そうなの」
女の子は千代紙を色別に分けていた。僕は女の子の趣味などよく分からないが、女の子によく似合う綺麗な紙だと思った。
僕はもう一言、彼女に話しかけようとした。その時。
「あっ、おばあちゃん」
女の子の、待ちかねていたというような声。視線は僕の後ろ。
振り向いた。
吐息が聞ける程すぐそばに、紫色の老婆がいた。
紫色の着物。髪の毛。顔。
顔は醜くひしゃげていた。僕はひっと小さな悲鳴を挙げた。
「おばあちゃん、どこか連れてってくれるんでしょ?早く行こうよ」
女の子はにこにこと老婆に話しかける。老婆は無言で女の子の手をとる。
「じゃあね、バイバイ」
女の子と老婆は公園の出口に向かう。
行っちゃだめ。
僕はそう叫んだけれど、声にならなかった。
女の子と老婆は植木の陰に消えた。
僕は薄暗い公園の片隅にいた。泣きそうな気分だった。
千代紙が一枚、足元に落ちていた。
《了》