死細胞
首筋を掻いて、見ると爪の中に垢がたまっていた。
僕は近頃こういったものが気になって仕方ない。
落ちた髪の毛、切りおとした爪、体を洗ったときに落ちる垢。
俺は毎日自分の一部を何処かに落としている。唾を吐いただけでも口の中の細胞が中に混じっている。
そして、食べたものや飲んだものを元に、僕の新しい体は出来上がる。古い僕を捨てて。
昨日、古い僕がやってきた。ニコニコと笑っていた。
「君と僕、どっちが本当だと思う?」
古い僕が尋ねる。
「そりゃあ、僕だ」
僕は当然のように答える。
「そうか。それじゃあ」
古い僕はあっさりと帰った。
僕はポリポリと頭を掻いた。変な事を言う奴だ。
本当の僕は僕だ。
だが今日、再び古い僕が来た。またもや笑っている。
「また君か」
僕は顔をしかめる。
「僕は今日はじめてここに来たよ」
古い僕は眉を上げて心外そうに言う。
「何言ってるんだ」
「なあ、君と僕、どっちが本当だと思う?」
「そりゃあ、僕だよ」
「そうか、それじゃあ」
昨日と同じ問答を繰り返すと、古い僕はまたあっさりと帰っていった。
変だな。僕は初めて考え始めた。
そして、答えにたどり着くと、がっくりとうなだれた。
僕は、何人分の古い僕を落としてきたんだろうか。
髪の毛、爪、垢。
何十人、何百人もの僕が、これから毎日やって来る。
そして同じやりとりを繰り返す。
僕は心底うんざりした。
《了》