彼岸花
「駄目だよ。かぶれるよ」
小さな女の子が彼岸花を摘んでいた。
河原の斜面では彼岸花の蕾が一斉に開き、辺り一面真っ赤に染まっていた。毒々しい赤さだった。
女の子は僕の言うことも聞かず、無言で次々に新しい彼岸花に手を伸ばした。左腕には既に大きな赤い花束が出来上がっていた。
「駄目だってば。痒くなっちゃうだろ?」
僕はお節介をやめられず、女の子の花を取り上げようとした。女の子は僕の手を振りほどいた。
僕は溜め息をついて、辺りを見回した。夕暮れの寂しい道の下に、幼い女の子が一人。親が見当たらないのが不思議だった。
「お母さんはどこにいるの?」
女の子は何も答えない。僕は頭を掻く。
不意に、女の子が口を開いた。
「ウーウ」
歌のようだ。思いがけず低い声だった。
「ウーウ」
途切れ途切れに歌う。彼岸花の花束は、みるみるうちに大きくなっていく。
僕は少し女の子を不気味に感じ始めた。
「ウーウ」
「帰った方がいいよ。お母さんも心配してるよ」
僕は先ほどまでの熱心さを失いながら、女の子に声をかけた。女の子は相変わらず歌を歌っている。
「おい……」
女の子は歌を止めない。
次第に空気は冷たくなる。空は暗くなる。
花束は女の子の顔を隠すほどに大きくなっていく。
大きなはばたきの音が後ろから聞こえた。後ろを振り向く。
大きな鳥がいた。僕の腰ほどの大きさだ。
鳥が僕をジッと見る。僕は動けなくなる。
女の子が突然立ち上がる。
彼岸花の花束を抱え、歌いながら鳥に歩み寄る。女の子は鳥とほとんど大きさが変わらない。鳥は微動だにしない。
「ウーウ」
女の子は歌う。彼岸花をもて遊んでいる。
「ウーウ」
鳥は僕を見つめている。
「ウーウ」
僕は冷たい夕暮れに立ち尽くす。
《了》