黄金の棺
暗く湿った山の中、男は短く浅い吐息を繰り返しつつ土を踏みしめ進んだ。腐り始めた落ち葉混じりの土はじめじめと靴を汚し、男が靴を降ろす度に湿った音を立てる。
男が求めているものはここにある。彼はひどく不安なような、嬉しいような一種の麻薬的興奮状態で、手にした重いスコップを握り締めた。握りの部分は体温のために温まり、手の汗で粘りついている。時々持っているという自覚を失ってしまうほどに、それは手に馴染んでいる。男はスコップを持っていることをいちいち確認しては安心しながら若草色の茂みをかきわけ進む。
木は広葉樹が多い。日差しが、木の幹の感触が優しい。しかし男はそんなものに目もくれない。
あれがある。この木のしげりの奥に、古い自然の松の木陰に。
小鳥や獣が鳴いている。山は中腹。広大な森の奥の奥。気配が感じ取られてきた。ここまで我慢強く歩き続け、ようやく見えてきたのは緑色の輝きだ。若葉を透き通る太陽の光よりもさらに強い色だ。木と木の間から漏れて見える。
男は興奮を抑えきれずに駆け足になる。鉄のスコップが地面を引きずる。雑草が引き千切られる。地面から僅かな水が一足ごとに一瞬だけ湧く。緑色の輝きが男を強く導いている。ここだ。男は若い松の木を折らんばかりにして分け入った。
苔が、大きな赤松の周囲を覆っている。緑色の老木が男を見下ろす。おびただしいまでの大きな茸、が男を取り囲む。
茸は女の姿をしている。洋装の女、百姓着の女、裸の女。女は地面から生えている。どれも人形のように白く、それでいて生々しく肌が輝いている。
皆が男を見ている。視線はめいめい違う。だが、確かに見ている。
これだこれだこれだこれだ――。俺が求めていたものはこれだ。
男は悲鳴のような声を上げ、赤松に走り寄る。男になぎ倒され踏み潰された茸が、あ、と小さく声を立てる。男は茸を引き抜く。一本、二本、三本。次々と引き倒されていく。茸の女たちは、地面に転がされ、ああ、ああ、と声を上げる。男は空いた地面にスコップをつき立てる。
ああ、ああ、ああ、ああ。茸にされた女たちが、無表情にうめいている。男はそれに構いもしない。何故ならこの下には黄金の――。
キラリと黄色い輝きが見えた。カタン、とスコップが落ちた。声がする。おうごん、の。
そこには誰もいなくなった。あるとすれば、それは静かに形を成していく、赤松の根本に生えた男の茸だ。
掘り返された黄金の棺が輝き、新しい茸を照らす。もはやその顔には欲望の色は無く、虚ろに棺を見つめるだけだ。
黄金の棺の四角い蓋には、この世ならぬ様子の女の姿が彫りこまれていた。女はきらめき、そしてニイッと笑った。
しかし徐々にそれは隠されていく。早回しの映像のように左右に不自由に動く、新しく生える女の茸たちによって。
《了》