窓
お母さんへ。
ぼくは元気です。お母さんは元気ですか?
今ぼくは夜中に布団の中から頭と手を出して、畳の上で手紙を書いています。字ががたがたでごめんなさい。
今、カーテンを開けています。外は真っ黒で、そこに昼間あったものがあるのだとは思えません。窓枠はピカピカで、額縁のように立派な模様があります。
お父さんがいなくなってからもう一ヶ月ですね。お父さんはお仕事だとお母さんは言いましたが、ぼくは知っています。お父さんは新しい奥さんの所に行ったんです。おばさんがよくぼくに言うんです。
ぼくはおばさんがあまりすきじゃありません。優しいけど、何か馬鹿にしたような目でぼくを見るんです。優しい話し方で、ぼくの分からない言葉を使ってぺちゃくちゃしゃべります。
おじさんはそんなおばさんを嫌そうに見ます。だけど何も言いません。ぼくはおじさんと話したことが一度もありませんが、おじさんとおばさんが話しているところを見ることも滅多にありません。
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窓の外はやっぱり真っ黒です。だけど黒い中に黒い何かが小さく見えます。
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ぼくはお母さんとまた暮らしたいです。早くお仕事を見付けて、ぼくをおばさんの家から出してください。
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どうやら窓の外にいるのは燕です。ぼくは心配です。真っ直ぐにこの窓に向かって飛んで来ます。ガラスにぶつからないでしょうか。
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いとこの克弘君は部屋から出てきません。もう高校生なのに、一度も学校に行きません。ぼくは克弘君と話したことはありませんが、一度トイレに行く克弘君に声をかけたことがあります。克弘君は無表情のまま、トイレを止めて自分の部屋に戻っていきました。
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燕はガラスにぶつかりませんでした。ガラスはとても分厚いらしくて、燕は空を飛ぶ時のようにスイスイと中を泳ぎます。
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さっき、おばさんが部屋をのぞきました。無言でドアを閉めて帰っていきました。
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燕は案外大きいようです。ぼくは分厚いガラスの向こうの燕を見て、小さい燕だと勘違いしていたみたいです。もう猫くらいの大きさに見えます。
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ぼくはおばさんもおじさんも克弘くんも怖いです。お母さん、早く迎えに来て。
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燕はガラスを突き抜けて部屋に入ってきました。人間くらいの大きさです。
ぼくをここから連れていってくれるそうです。ぼくはあの黒い外に繋がるガラスの中に入ります。
早くお母さんに会いたいな。では、さようなら。
《了》