紅い果実
暗い夜だった。月も星も見えなかった。
男は土を掘り返した。湿った土は土そのものの香り。甘い、くちたものの香り。
紅い実が男の背中に落ちてきた。実は飛び散り背中を紅く濡らした。
男は意に介しない。ただ掘ろうとしている。深く。より深く。
無数の実が落ちてくる。男の周囲で割れる。生臭い臭い。紅い紅い、鉄の香り、死の香り。
あたしのあたしのあたしのあたしの――。
木が鳴く。
足を斬るのね――ゴリゴリゴリゴリゴリと――。
男はシャベルを一心不乱に地面につき立てる。
わたしの目玉は――どこへやってしまったの――。
男は目を閉じる。息を思いきりすう。辺りを満たす、濃厚な血の香り。
痛い、の、目が、痛、い、足を足を、痛い、のこぎり、目が、あ、ああ、あああああ。
木の鳴き声が悲鳴に変わる。
男はシャベルを落とす。
私を殺す殺す殺す殺すのね、痛い、痛い、血、血、血――溢れている、体、から、なくなって、いく、血、血、血、血――。
果実は次々と落ちてくる。割れた実が辺りを紅く染める。人間の内容物の香り。
男はしゃがみこむ。血の果実が男の上に落ちてくる。息が出来ない。
「ああ」
男はうめく。
「ああ」
殺した女は、俺を呼ぶ。
埋めた女が、俺を呼んでいる。
痛い、痛い、痛いの、い、たい、の、痛、いの、い、た――。
「助けてくれ」
男は叫ぶ。
痛いのよ痛いの足が斬られたの痛いの目が無いのなくなってしまったの痛いの――。
「許してくれ」
男は泣きじゃくりはじめる。
痛いのよ痛いの痛いの痛いのよ痛いの――。
紅い実は落ち続ける。男が真っ赤に染まっても。辺りが血の臭いに充満しても。
男は木の根本を堀り続けるしかない。うつろな目を紅い地面に向け、男はのろのろとシャベルを手にとる。
ああ、ああ、ああ――痛いの、痛いのよ、痛いの、痛いの――。
《了》