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五.

 僕はそんな古い記憶を辿っているうちに、Dといた診察室が、すっかり、K駅のホームへと様変わりしてしまったことに気が付いた。


 たしかDが、初めて僕の診察室に来た日は、机のこちら側と向こう側へ座り、僕の後ろの張り出し窓からは五月の陽光が斜めに放射し、机の上へと影を作り出していたはずだった。しかし今や、僕の診察室は白銀の世界で、机も本棚も半分雪に埋もれている。回転椅子の丸い座面だけが、まるで雪原に蓋でもしたかのように、ぽつねんと黒く浮き上がっていた。見上げると、天井さえすっぽり抜け落ちていて、鉛色の雲からぽさぽさと雪が降っていた。


「全くイミが分からない」


 Dは、僕が言った言葉を同じ調子で繰り返した。そして、それ自体、イミ不明であるかのように首を左右に振った。汽車を待つのに数十分、僕はDと一言も言葉を交わさずにいた。僕は、Dの後方へ立っていた。一方のDは、線路側へ近づきすぎていた。


 僕がそこで初めて、「危ないから、もう少し内側へ引っ込みなさい」と忠告する。


 けれどDは、僕の話に耳を傾けるどころか、かえって僕が顔を強ばらせるのを面白がって、ホーム際で好き放題やっている。先端まで突き進んだかと思えば、そこで足踏みしたり、ジャンプしたりした。


「ああ、そうやって、ここで、たくさんの子達が身を投げたんだな」


 僕は再び絶句状態に陥っていた。Dはその事を見抜いている風だった。Dは、急に興奮して早口に喋りだした。


「先生、僕は、非常に怒っています。なに、現代の医学の無能さや、そのばかげた慣習に対して怒っているんじゃありません。たしかに、我々の時代の医療なんて、まともじゃありませんよ。人も、物も、技術も、糞みたいだ。


 けれどね、これから、向上してくるに違いないんです。きっと、未来には、今とは比べ物にならないような治療法や、技術や、薬が開発されるはずなんです。いや、そんなものさえ必要としないような、健全な未来がやってくるとね、僕はそう、信じているんですよ。僕は少しでも改善の余地があると思うことには、とことん応援をするつもりでいますから。


 じゃあ、何に対して怒っているかと言いますとね、そうだな。怒っているのとは少し違いますがね。僕は、先生、あなたに対して、宣戦布告をしています」


「僕の何が、君を、それほどまでに、追いつめているのか」


 Dの話しに限らず、おおよそ、この種の患者の話を聞くときに僕がしていることがある。それは、耳に、透明なふるいをつけることだ。


 患者の訴える言葉一つ一つを、まともに受けとるのではなく、いわば、目の粗いふるいにかけ、言葉を単純化し、治療に必要な最低限の情報のみをすくいとる。こうすることで、診察時間の大幅な短縮と、治療の最適化がはかれる。なにより、僕の精神的負担を軽くするのに必要不可欠なのだ。


 患者の話をまともに聞いて、精神に変調をきたす医者やサイコセラピストなどは少なくない。僕の大学の同期にも、診療の後に自身もセラピーを受けている人は何人もいる。


 僕の場合もまさにそうだ。下手すると、医者と患者の領域が混同しかねない危なっかしいところがある。


 この問題は、僕が感情移入できるとか、感性が鋭いとか、繊細だとかいう性格的な話では片付けられない。患者側のアプローチ、また、もしかすると、僕側の潜在的な神経病的な気質とが、かっちりかみ合ってしまった場合に進行してしまうことに違いない。弱ったアリがアリ地獄から抜け出すのが容易でないのと同じく、僕は深く沈んだまま、上がってはこられないだろう。


 そういう恐れのためか、いつしか、その透明なふるいを耳に付けて、患者に対するようになった。


 僕の大学の恩師で、精神医学会会長のK教授が、とあるパーティーで語ったことを思い出す。


「ご存じのように、精神科医というのは、外科医や内科医とは違い、非常に特殊な専門的技術を要する職種であります。外科医のように文字通りの身体を切ったり、つないだりして、治療するのではありません。まさに、人の心を切り、くさびのように言葉で打ち込んで治すというのが本業であります。

(中略)

 近年、次々と新しい治療法や薬が出てきており、難治性患者に対する一定の効果は期待できるものの、それらは、いまだ、治療を補完する程度に留まっており、病苦の真の根源的な部分を治すには、いささか不十分であると言わざるを得ません。医学は日一日と、確かに進歩していますが、やはり、まだまだ、といったところでしょう。


 そういう時代に生きている我々、精神科医としては、患者との精神の対面による治療を目指さなくてはなりません。精神病の背景に隠された謎、つまり、発病の引き金となったトラウマに注目し、あえてそれを浮き彫りにし、患者の眼前へと突きつける。自ら対峙させるというのは、荒療治に思われるかもしれません。しかし、患者自身が大きなトラウマを直視し、どのように、それと向き合うかということをしなければ、根源的苦しみからは解放されないのです。


 我々は患者がトラウマと、どう折り合いを付けていくかを、ともに考え、精神の解放の案内人となる使命があるのです。

(中略)

 近年の傾向として、やけに患者のご機嫌をとるような診療をしている人もいるようで大変危惧しているところですが、僕が最も危ぶんでいるのは、患者に向き合いすぎて、心を病む人がいるという現実です。


 この会場には、医学生もたくさん来ていると聞きました。その意欲的な態度は、素晴らしい。しかし、僕は、君たちがその熱心さのせいで将来、心を病まないか懸念もしています。そこで、未来ある君たちに一つ助言を述べたい。


 患者のためになる医者は、すぐ駄目になります。ですから、患者の話など、まともに聞かないで下さい。右から左へ聞き流せる、鉄壁の心を持った医者になって下さい」と。


 そのつもりでやってきたはずだった。今は、それが上手くいかない。強力な接着剤のように、Dの一言一句は、僕の頭と心にべっとりくっついて離れないのだった。

 

 これはきっと、今に始まったことじゃないだろう。僕の診察室を、二月の駅のホームに変えてしまったくらいなのだから。



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