二.
僕がDの訃報を知ったのは、黄梅が咲き始めた頃だった。
僕は毎朝、診察前に朝刊を読むのを習慣にしているのだが、その日に限って、朝からバタバタしていて読む暇がなかった。それで仕方なく、看護婦に夕刊を買ってきてもらったのだった。それは、だいぶ後ろの方の隅っこに、申し訳なさそうに書かれていた。
僕はそれを見つけた瞬間、「ついに、遂げてしまったか」という考えが、ふと頭に浮かんだ。どうしてそんな風に感じたのかは分からない。
あの日、Dに休職のための診断書を手に帰らせてからは、会っていなかった。彼が本当に休職したのかも、復職したのかも知らなかった。なぜなら、あの日を境に、Dは診察室に来なくなったからだ。
それから、僕の体調に異変が起きたのは、報知の衝撃を受けてからちょうど一年になろうとする頃だった。
最初の異変があった日は、ヒステリーの症状を呈する職業婦人と、癇癪持ちで、すぐ妻子に手が出てしまう金融関係の仕事をしている中年男性を診た後だった。
看護婦が淹れてくれたコーヒーを一口すすり、次の患者のカルテをめくっていると、ふと、僕の目線の先に置かれた回転椅子に、あの、Dが座っているのを、はっきりと見たのである。
「ああっ」と、僕の喉元から動物みたいな音声が出た。しかし、本当に、自分の声だったのかは分からない。目の前に座っている男から発せられたのかもしれない。
最後に会った服装も、口調も、そっくりそのままで、Dは僕に言った。
「先生、僕のこと、まだ見捨てたりしてはいませんよね。僕はまだ間に合いますか。
三十七です。
若者とは決して言えませんが、これからの人生だって長い。生きてたって、大きな事を成し遂げるようには思えませんが、僕にだって、夢くらいはあります。僕は、まだ、死ねない身なんですよ。何か打つ手は無いんでしょうか。僕に薬を下さい。
救ってくださいよ、先生」
彼は、青い血管の浮いた白く細い腕を伸ばして、僕の肩をつかんだ。生温かさと、気持ちの悪い重さが肩に伝わった。彼は呆然とした僕のことを、不審そうに見た後で、ようやく手を退けた。
僕は、この現象が神経症の一種であると、すぐに見抜けた訳ではなかった。むしろ、彼の体温、呼吸音、肉肉しい仕草を目にするうちに、これが、徹底した現実的なものとして僕に訴えかけてきた。これが、幻覚妄想だと疑う余地は無かった。
二の句が継げない僕に、Dは急に淡々とした調子で聞いた。
「先生、僕が、もうじき死ぬと分かって、あの日、診察室から僕を追い出したんですか」
Dの目は、明け方にぼんやり浮かぶ月のような薄さで笑っていた。しかし、僕の眼底を突き抜けていく眼の鋭さは、(当初から際立っていたが)前にもまして僕の、患者に接する際の、医者としての目に見えない鉄壁をも、ぶち抜いていくほどのものであった。
「いや、違う……」と、もう声にもならない呻き声が、僕の喉奥から放たれた。
「先生、この期に及んで言い訳ですか。僕はね、そんなことを聞きたくて、ここに来た訳じゃあない。先生の口からじかに、はっきりと、どういうお考えで、僕に、休職の診断書なんか持たせて去らせたかっていうことを聞きたいだけなんです。本当のことを聞いたってね、僕は怒りませんよ。
僕はね、……先生に感謝してるんです。あの日、僕の話を最後までちゃんと聞いてくれたでしょう。僕を狂人扱いしないで、ちゃんと、一人の人間として扱ってくれた、それが何より、僕にとって嬉しかったんだ。
この医院が、軽症患者専門だからって、面倒な重症患者を切り捨てるような無情な医院じゃなかったから、僕は、先生のような素晴らしいお医者に出会えたんだな。
だからね、先生、すべて、そっくり話して下さい。一生に一度のお願いだと思って、聞いてくれませんか。先生だって、見たでしょう。僕の死体を」
僕は夕刊を読んで、Dの死を知った後、急いで知人Bにダイアルを回していたことを思い出していた。今思えば、Bになど相談しなければ良かったと心底後悔したが、呼び出してしまった後には、もう、遅かった。




