一.
「どうしたらいいんでしょう。こう、胸がどきどきして、耐えられないくらい息苦しくて、もう、卒倒してしまいそうになるんです」
と、患者Dは僕の診察室に来て言った。Dは、長らく僕の医院へ通っている患者の一人だ。
僕が、「また発作が起きたのですね。もしや、その時、自分で息を止めていやしなかったですか」と聞くと、Dはしばらく僕の頭の上辺りをぼんやり眺めたあとで、
「さあ、どうでしたかね……」と弱々しく呟いた。
こうしたやり取りは、なにも今日が初めてではない。三週間前の水曜日にも、Dは同じことを話していた。
僕は、Dの度重なる発作の背景に、彼自身が意識的あるいは無意識的に息を止めていたせいだと考えていた。それは、恐怖か不安か緊張か、おそらくその全てが土台となり、呼吸というごく自然な生理現象を一瞬間、忘れさせていたのだろう。
「先生、こう何度も発作が起きていては、いつか本当に、心臓に支障が出てきたりしないでしょうか」
「Dさん、よく聞いて下さい。前にもお伝えしたように、これは一種の神経衰弱なのです。心臓の疾患ではありませんし、発作が心臓に与える影響はありません。ですから、そう深刻に捉えないように」
「でも、先生、僕は本当に、死ぬかと思ったんですよ」
「ええ、そうでしょう。では、この診察室でも、同様の発作が起こるか試してみましょう。もし、起こった際に、いかに対処すべきか、一緒に考えてみることができますから。いいですね」
Dはうんと頷く代わりに、神経質そうな目で、僕の白衣のポケットから垂れた懐中時計の銀鎖を見ていた。
「さあ、息を止めて下さい」
僕が言うと、彼は両手で鼻と口を覆ったが、十秒を少し越えた辺りから、苦しそうに「うっうっ」と、喉の奥から変な音を出し、震え始めた。懐中時計とDとを見比べていた僕が、「二十秒」と言う前に、茹蛸のような顔をしたDは、ぶはあ、と吹き出した。
僕はつとめて冷静だった。時計を白衣のポケットにしまうと、
「どうですか、発作は起きましたか」と、Dの目をしっかり見すえて尋ねた。
「先生! 僕は本気なんです。狂言でも妄想でもないんです。いたって正気です。ただ、不気味な瓦斯灯がゆらゆら揺れる、あの広い会議室が嫌いなだけです。一日のうちに、何十人もの人間が、次から次へと、出たり入ったりしているのを見るうちに、しだいに、面接書類だの、採点表だの、自由記載欄の白すぎる紙だのが、いちいち目に障り始めて、こう、何だか、不穏といいますか、ただ事ではない何かが、僕の身に忍び寄る感じがするんですよ。その不穏の塊は、どこからともなくやってきて、僕の耳元で、『ほら死ぬぞ、ほら死ぬぞ』と、いちいち教えてくるんです。そのうち、僕もその気になってくるわけです。先生、どうか、僕の言うことを信じて下さいね。僕は、先生に見捨てられたら、それこそ、終わりですから。ねえ、どうか、見放さないで下さいよ」
Dの顔はいたって真剣だった。いわゆる注目を浴びたいがための、虚言や演技では無さそうだ。僕の診察室にも、そういう患者はたくさん来るが、Dは、それとは少し違う。確かに一見すると、病的な誇大妄想ともとれなくはない。
僕の頭の中では、すでに候補となる薬の、二つか三つは挙がってはいるのだが、ここで、下手に抗精神病薬など処方しようものなら、彼の症状は、ますます悪化していくに違いない。僕とDとの信頼関係も、音を立てて崩れ去ってしまうだろう。何年もの時間と労力をかけて少しずつ積み上げてきた信頼関係だ。一度壊れたら修復するのは困難であるに違いない。
僕は処方箋を書く代わりに、机上のコンパクトケースから、分厚いファイルを取り出した。ファイルには、Dについてのあらゆる情報が書かれている。
「あらゆる情報」と言うと、あまりにざっくりし過ぎていて、表現としては、陳腐になるから、事実、本当にあらゆる情報なのだけれど、そのうちの一つを机の上に出してみよう。
Dが初めて僕の診察室に来て、書いてもらった精神分析パーソナリティ診断に役立つ、百個の質問と答えの束だ。
ふむふむ。こちらが用意した質問に、Dは一つ一つ丁寧な文字で、適切に、回答しているではないか。
例えば、これ。
「Q52. かつて私には夢があった。それはどんな夢か」
「A52. ✕✕製造会社の重役になり、全従業員の処遇改善(賃金上昇と職場環境の改善を含む)を目指す夢があった。わが社をより魅力的で、働きたいと思ってもらえるような会社作りをすること。とくに面接時には、書類上の特典や、見た目の良し悪しに関わらず、もっと間口を広くして、より多くの可能性を拾い上げることが重要なのだ。……」
一つの質問に対し、約百字を超える回答をしている。極めて真面目で、正義感の強い精密な思考の持ち主だと思う反面、Dの文章からは、何とも通常とは言い難い、何か黒いものがあるのではないかと感じてしまう。
僕は元々、通俗的な言い方はあまり好まない方だが、万一、僕のこのコメントが大衆向けジャーナル誌に載るときの事を見すえて、あえて使うとするなら、
「彼の内部を綿密に考慮してみると、大多数の人間が考え、感じ、表現するような、いわゆる『普通』の部分と、『そうではない』部分とが、攻めぎ合いの攻防戦を戦っているように思えてならない。
彼が、社会と接するときに現れているパーソナリティというのは、いわば『普通』に成り済ました顔であり、これは、彼がこれまでの人生で培ってきた社会規範、常識、人間関係への応用力が基礎に成り立っているものである。
彼の深層心理を紐解いてみると、『そうではない』部分が、今か今かと、水面下から外界を伺い、『普通』の部分を、やっつけてしまいそうにも見えるのだ。」
とまあ、こんな感じか。
彼との初めの面談で、僕はパーソナリティ診断のコメント欄にも、似たようなことを書いていた。
「僕はね、あなたが嘘をついていると疑っているんじゃありませんよ。確かに、あなたが経験したという、不穏な感覚や、息苦しさは、本当なのでしょう。しかしね、さっき、ここで、擬似的に発作を誘発してみたわけですが、実際には起こらなかったでしょう」
「ええ、でも」
「まあ、お待ちなさい。そうです、あなたは、会社の面接官として、一生懸命に働かれているわけです。会議室で、日に何十人もの求職者の対応をしていた、その時に発作が起きていますね。
会議室の天井にぶら下がった瓦斯灯が、ゆらゆら不気味な影を作っていたのも、不安や緊張を助長させるような環境でしたね。
あなたは、元来、生真面目で、正義感が強い人間です。面接官の判断では、その人の人生をも変えてしまうかもしれない。
もしかすると、その日食べるのもやっとで、次仕事が決まらなければ、一家心中を考えて、やって来た人かもしれない。あるいは、どこかの金持ちのボンボンが、暇潰しに受けてみただけなのかもしれない。
まるで、ロシアンルーレットのような状況な訳です。別に、ボンボンを切って、貧乏人を受け入れるのが良いと言う意味ではありませんよ。正義の所在などという、哲学的な話をしているのではありません。ただ、採用か非採用か、あなたの手にかかっているということだ。
もちろん、面接官はあなただけではないはずですから、あなたが、どんな決定をしたとしても、あなたが負うべき責任の重さは、面接官の人数で割られる分だけです。しかし、あなたの少々複雑に物事を考える癖が、重圧となり、身体的疲労とも重なって、精神に影響を及ぼしたのだと思いますね」
「はあ」
「ですから、この場合、しばらくお仕事をお休みされて、どこか気持ちのよい所で療養されることをお勧めします」
Dが僕の言葉についてこられるよう、一言一言、区切って言い聞かせた。そうして、目線をカルテに移した。
Dは、僕の一連の動作をまじまじと観察し、それが何かを意味するのか察した様子で、
「あの、それで、何か薬はいただけないんでしょうか。ただ、休むだけで治るとは到底思えないんですが」と、言った。
「残念ながら、治す薬はないんです」と、僕が淡々と答えると、
「僕は、そんなに重症なんでしょうか。死ぬんでしょうか」と、Dは、黒く丸い座面の回転椅子を、僕の机のすぐそばにまで近寄せた。診察室に、キュルキュルキュルと、鋭い音が響いた。
「Dさん、いいですか。よく聞いて下さい。これは、正式な病名はつけられないんです。仕事のストレスと性格的な面が、複雑に絡んで起きた事象の一つなんですよ。従って、治す薬というものはなく、ストレスの除去と、耐性の強化しかないんですね。つまり、十分な休養と、滋養のついた食事、運動が、何より重要なんです」
「先生、耐性の強化とおっしゃいますがね、服薬だって、十分な耐性の強化ではないでしょうか。僕だって、ただ、やみくもに薬を飲みたい訳じゃあないんです。もちろん、健康的な生活を心がける積もりです。
しかし、そうはいっても、先生ね。僕は今までだって、色々と試してきたんです。毎朝欠かさず、乾布摩擦をしていますし、栄養面も考えて、積極的に肝を食卓に取り入れようとしてきました。夜は、十時には布団に入り、朝は五時に起きて散歩をしています。規則正しい生活を心がけてきたんです。それでも、なお苦しいから、先生のところへ来ているんじゃありませんか」
僕はカルテに、「ストレス反応性神経衰弱の症状甚だ著しい。一定期間の休養が必要と判断。よって右期間の就業を停止されたし」と書いた。同じようなことを、職場宛の診断書にも書いて封をした。
Dは、「先生、またもし発作が会社じゃなく、別の場所でも起きたら、どうしたらいいのでしょう」と聞くので、
僕は、「その可能性は、極めて低いでしょう。診察室でも起こらなかったんですから。でも、もし仮に起きたとしても、まず死ぬことはありませんから、心配には及びませんよ。苦しいのは、一時の間だけですから、心の中で、大丈夫、大丈夫と、言い聞かしてごらんなさい。そうすれば、発作もいつの間にか治っていますでしょう」
僕は今だ、Dの不安げな瞳を忘れることはできない。
丸まった背中に顎を幾分突き出したような格好の彼が、今も、目の前の回転椅子に座っているように思えてならないのだ。
正月飾りが外され、街がようやく元の慌ただしい生活へと戻っていく頃、Dは一人、寒空の下、線路わきで遺体となって発見されたのだった。




