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8、逃亡劇

 長い地下通路を抜けると、霧深い森の中に出た。


 聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけで、王宮に響いていたブレス軍とダナン軍の喧騒もここまでは届かない。


 私とゲオルグは地下通路の出口である石のドアをしっかりと閉じて周辺から隠すと、一路対岸の港町フィルランドを目指すことにした。


 とは言え、私は王都を出たことがなく、土地勘もない。


 ここがダナンランドからどれほど離れたところなのか、どちらへ向かえばフィルランドにたどり着くのか、全くの無知だった。


 深い森の木々は、首都の街路樹と違って話しかけてくることはない。沈黙を保つダークグリーンの葉壁が大きく立ちはだかる森の様子に、私は身震いした。


「こっちだ」


 ゲオルグはローブの裾を翻しながら森の中を颯爽と歩く。


 王様と言えば王宮の中でふんぞり返っているイメージがあっただけに、その機敏な動きは予想外だった。

 私のほうがついていくのがやっとだ。


「俺は王になってからまだ一年。それまではしがない学者崩れをやっていたから一般国民と大して変わらん。フィルランドにも一度だけ赴いたことがある」


 ゲオルグがそれとなく説明する。


 ダグダには「王を頼む」と言われたものの、現実にはゲオルグに先導されている状態だ。


 ちょっと頼りない気もするが、ここは素直にゲオルグに従うのが無難だと思った。迷惑をかけて彼をブレス軍に発見されるわけにはいかない。


 森を抜けて街道に出ると、運よく馬車を拾うことができた。


 まずはそれで近郊の町まで行き、さらに別の乗り合い馬車に乗り換えてフィルランドを目指す。


 ざっと一週間の旅路。現状ではブレス軍の手は首都以外には及んでいないようで、それだけが救いだった。


 一週間ほど馬車にゆられて街道を旅していると、突如風の匂いが変わった。

 それは潮風だった。見えてきたのはダナンの東側に広がる海だ。


 鈍く光る水面の向こうに、帆を張った漁業船が行き来しているのが見える。街道を走る乗り合い馬車から見えた、フィルランドの最初の景色だった。


 私は思わず乗り合い馬車の中で立ち上がり、広がる光景を目に焼き付けた。


 生まれて初めて見るダナンランド以外の町に興奮してしまって、「港町が見えた!」と叫んでしまったときには、他の乗客も外の景色に目を向けていた。

 

 横に座るゲオルグにはたしなめられてしまったけれど。


 そうだ、できるだけ目立たないようにしなければいけないんだった。私たちは逃亡の真っ最中なのだから。



 フィルランドで降りる乗客は私とゲオルグだけだった。


 馬車を降りた私たちは港町のさびれたアーチをくぐる。たまたまだろうか、見た限りでは歩いている人はいなかった。


 まずは今日泊まる場所を探さなければならない。


「申し訳ないが、俺は近くの森の中に身を潜めている」


 ゲオルグが言った。


「すでにブレス軍の一味が町の中にいるかもしれない。どこまで手が及んでいるのか分からない以上、不用意な行動は慎みたい。

 フリッカ、面倒をかけることになるがどこか泊まれる場所を探してきてくれないだろうか」


「分かったわ。できるだけ早く探してくる」


 そう言ってゲオルグと別れた後、私は港町を一人で巡った。町はこじんまりとしていて、自分一人でも回り切れる広さだった。


 一巡してみて分かったが、レストランや商店はあるものの、酒場や専門の宿屋はないらしい。


 商店の人曰く、泊まりたい場合は、町民の家に泊まれるか個人間での交渉となる場合が多いとのことだった。


 とにかく泊まる場所がなくて困っているのだと言って町の人に話を聞いて回ってみると、しばらくしてから新たな情報を得ることができた。


 町からすこし外れた丘の上に、誰にも使われていない小屋があるという。


 港の近くにある酒屋さんの談。


「少し前までは老夫婦が使っていたが、ダナンランドの家族に呼ばれて引っ越しをして以来空き家になっている。

 今は所有者不在だし、そこなら泊まれるかもしれない」


 港町から坂道を登り、さっそく聞いた場所へと行ってみる。


 フィルランドから空き家の立つ丘へ続く坂道の片側は森に隣接していて、登る人間からして左手には深緑の木々が迫り出しており、右側には晴れ空の下輝く海面が広がっていた。


 森と海。二つの自然が交差する特殊な地域が、精霊が多いとされるフィルランドの特徴なのだろう。精霊は自然が多いところに生息するとされている。


 散歩がてらの登り道が終わった。


 丘の上に登って見ると、確かにさびれた一軒家がひっそりと建っていた。中を覗いてみるが、誰もいない。寝具も含めて大きな家具はそのままになっている。


 ところどころがさびていて、ドアを開け閉めすると蝶番が変な音を立てる。でも、ちゃんと動く分には構わないだろう。


 直近では誰にも使われていなさそうだったが、雨風を凌ぐには何の問題もなかったし、掃除をすれば当面住むのにも適していると思われた。


「ちょっとだけ借りるくらいなら、いいわよね」


 一時的にでも泊まれるのならありがたい。


 仮に所有者が戻ってきたら謝って出ていこう。善は急げだ。


 坂道を戻りゲオルグを呼びにいくと、さっそく一軒家を見てもらった。


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