6、王宮襲撃
声の主はダグダだった。
先ほどとは異なり、余裕を欠いた表情の彼が急ぎ足で玉座の間に入ってきた。手には白いローブと槍のようなものを持っている。
退出したばかりなのに何があったのだろうかと疑念を抱いた私だったが、次いで彼から放たれた言葉に私は息を呑んだ。
「敵襲です。王宮に攻め込んできました。今すぐにお逃げください」
「敵襲!?」
その言葉に驚愕する。にわかには信じられなかった。
王宮に敵が攻め込んでくるなんて、ダナンの歴史上一度もなかったのに。
これまではどんな敵が来ても軍艦と海に生きる精霊たちが守ってくれていたのだ。
一体水軍と祭司部隊は何をしていたというのだろうか。まさか倒された――?
驚き戸惑う私をよそに、王様は冷静だった。取り乱す様子もなく、肝心の真相を聞く。
「敵は誰か」
「ブレス軍です」
(え!?ブレスって……第五王子の!?敵って大陸の帝国じゃなかったの!?)
王様は立ち上がると、玉座前の段差をすっと降りてダグダに近寄った。
その表情には意外そうな様子は一切ない。眼鏡の奥の瞳も冷静そのものだ。
「早かったな。反旗を翻すとなれば少なくとも来年以降だと思っていたのに」
「どうも大陸の帝国軍も手を貸しているようです」
「先手を打たれたか。しかしブレスめ、大陸に隙を見せればいずれこの国自体が飲み込まれることが分からんのか」
王様は身に着けていた赤いマントをダグダに手渡す。
代わりにダグダは目立たぬ白いローブを王様の肩にかけた。次いで王様の手に渡されたのは、ダグダがその手に持っている槍だった。
「今は王宮の親衛隊部隊が防いでいますが、生誕祭に赴いていた祭司部隊と陸軍が返り討ちに遭ったようで王宮の戦力が削がれています。裏庭の地下通路から逃げてください」
「ダグダはどうする」
「陸戦は苦手ですが、なんとか凌いでみせましょう。帝国が出てきているとあれば軍艦で応戦することも考えなければなりません」
ローブと槍は、王様が逃げるための装備だったようだ。
王様は頷くと、ローブを纏って槍を背負った。ダグダはそれを見届けると、私のほうを見た。
「ブリガンディーの娘。フリッカと言ったか。お前には陛下の付き添いを頼む」
ダグダの発言は、敵襲で驚いている私をさらに戸惑わせるものだった。
「俺たちはこれから王宮でブレス王子たちの反乱軍を迎え撃たねばならない。陛下とともに逃げられるところまで逃げてくれ。その際にお前が付き従ってくれたら安心だ」
「に、逃げるってどこへ」
「王宮の裏庭に郊外へとつながっている地下通路がある。歴代の王にしか伝えられていないものだ。そこから脱出してくれ」
「そんな……。私には王様を守る力なんて」
「弱気なことを言うな。見習いとは言え、お前もドルイドだろう。
陛下にもしものことがあれば、ようやく安定してきたダナンは再び混乱の時代へと逆戻りだ。それは何としても避けなければならない」
ダグダの赤い目には強い光が宿っていて、有無を言わせない力強さがあった。
その発言に気圧されていると、私の肩に優しく手が添えられた。王様だ。
緊急事態だというのにも関わらず、静謐を湛えた黄色い瞳に見つめられると、乱れた心が落ち着くような気がした。
「ダグダ、御託はいい。フリッカ、とにかく君も逃げないと命がないぞ。俺の後についてくれば良い。多少の敵なら俺の槍で倒せる」
それと、と王様が続けた。
「逃げる際に不便だ。俺のことは王様と呼ばずにゲオルグと呼べ」
ダグダがゲオルグの前に跪き、最後の口上を述べる。
ダナン水軍将とはここで別れることになった。
「陛下の手腕でダナンは強き国になろうとしています。その勢いをここで絶やしてはなりません。必ずや再起の軍隊を用意してご覧に入れます。今は雌伏のとき。どうか、ご無事で」