5、精霊の言葉の真相
噂では年齢は30歳くらいだと聞いているが、なんだか王様というよりは学者然とした感じで落ち着いて見える。
てっきりゴテゴテの装飾のついた毛皮のマントでも羽織って豪奢に着飾っているのかと思っていたが、見た目はそれほど派手ではないので拍子抜けした。
それでも、その姿には国を束ねているだけあって組織の頂点に立つ威圧感のようなものがある。私が場の空気に飲まれているせいもあるのかもしれない。
「さっそくだが星は詠めるのか。聞きたいことがある」
ギラリと睨まれるような視線を向けられて、若干萎縮した。
眼鏡の奥に輝くのは黄色い、鷹のような目だった。
そうか、「怖い」という評判はここから来るのかと一人で納得する。
横に並ぶダグダが前に出た。
「陛下。僭越ながら申し上げますが、彼女は祭司ではありません。ドルイドの見習いです」
「何だと?祭司たちはどうした」
「祭司部隊は第五王子――ブレス様の生誕祭に呼ばれて王宮を留守にしております。私の指名で彼女を呼びました」
「祭司は政治の要。たとえブレスの生誕祭だろうと全員を派遣して王宮を空っぽにするなどやりすぎだろう」
「ブレス様の意向だそうです」
それを聞いた王様は舌打ちをした。「未だに公私混同するから困るのだ、ブレスは」と呟くと、再び私に向き合う。
「ドルイドの見習いよ、名はなんという」
「フリッカです」
「フリッカ。こういう事態だ。そなたのドルイドの能力を借りたい。俺に道を示してくれないか」
「えっと……」
王様だから居丈高に命令をされるのかと思ったが、予想に反して丁寧な物腰だった。
しかし困った。道を示すと言われても、一体どうすればいいのか。
頼りにしようとダグダのほうをチラリと見るが、自分の出番は終わったとでも言うようにダグダは静かに玉座の間を出て行った。
玉座に座った陛下と、絨毯の上で立ちながら王様に向き合う私の間には沈黙が流れる。
「フリッカは星の声が聞こえるのか」
意外にも、再び話しかけてくれたのは王様だった。
先ほどよりも幾分声も柔らかくなっている。
「威圧的で怖い」という前情報とは異なる王の姿勢に、おやと思う。
「星の声は聞こえませんが、花や木、動物たちの声を聞くことはできます」
「ほう。精霊の姿を見ることは?」
「それもあります。母のように巨大な精霊までは見ることはできませんが」
ドルイドの生態に興味があるのか、王様はいろいろなことを質問してくれた。偶然なのかもしれないが私が答えやすい質問ばかりだった。
私はそれに答えるたびに緊張がほぐれていくのを感じる。
(もしかして、私が緊張しているのを知ってこうやって会話を振ってくれているのかな)
そう思うと、先ほどまで怖いと思っていた鷹の目のような黄色い瞳も、綺麗な宝石のように思えてきた。
声は深みのあるバリトンボイス。良い声だ。もうちょっと聞いていたくなる。
「最近の花や動物の声で何か変わったものはないか?」
「変わったもの……ですか?」
「ああ。実は大陸の動きが少々おかしくてな。フリッカも知っている通り、大陸の国々……特にミドガルズ帝国がダナンの侵略を狙っているのは明白。
彼らの動きに変化があるのならば、そこにどんな意味があるのか知りたい」
こんな重大事を私のような見習いに相談するなんてそれこそ一大事だ。
だが、だからこそなんとか期待に応えたいという気持ちも湧き上がってくる。
私は最近の出来事について必死に思いを巡らせる。
(最近変わったこと。最近……、そうだ。そういえば街路樹の木が何か言っていた)
「5回目の嵐……」
「なに?」
「街路樹の木が言っていました。もうすぐ5回目の嵐が来るって……。私は何のことだか分からなかったけど。嵐に乗じて大陸が攻め込んでくるという意味かしら」
「5回目の嵐……。その他には何か言っていなかったか?」
「嵐が来たら対岸の海に逃げなさい、と」
それを聞いた王様の目付きが変わった。
何かを思い浮かべるように遠くを見つめ、険しい表情でぶつぶつ呟いている。
しばらくすると王様は足を組み替えて、会話を再開した。
「フリッカよ、その言葉を聞いたのはいつ頃の話だ?」
「3~4日前のことです」
「それがあのことを指すのだとしたら……。しかしまだ動くのは先だと思っていたが」
「あの、何か……?」
もしかして何か良くない出来事の前触れだったのだろうかと思い王様に問い直そうとするが、それよりも先に玉座の間のドアを大きな声とともに開ける人物が現れた。
「陛下!」