4、はじめての謁見
ダナンでは一年前まで、国を巻き込んだ5人の王位継承権争いが勃発していた。
ダナンの先王、ヌアザが亡くなったのは今から二年前。その王位を継ぐのは王位継承権第一位の第一王子か、国民の人気が高かった第三王子かと思われていた。
しかし国をまたいだ戦争が起き、両者は相討ちとなった。
次いで候補となったのは第四王子。しかし彼は王位継承騒動の最中に病気で没した。
そして残ったのは第二王子と第五王子だ。
ただ、王位継承権第二位だったはずの第二王子は早い段階で「王位を放棄する」主旨を表明していた。彼は権力に興味はなく、民間人と同等の生活を送ることに憧れていたためと言われている。
そこで、唯一残った最年少の第五王子が王位に就くと思われた。
が、当時の祭司長を含む王宮のドルイド全てが、第五王子の王就任に反対したのだ。星詠みで凶事を招くとされる結果が出たのだという。
第五王子は大陸の国家ともつながりがあるとされていて、先王も警戒していた人物である。
ドルイド以外の王宮の高官も第五王子の就任に反対する者は少なくなかった。
結局、長かった王位継承権争いの果てに新国王となったのは、権力に興味のなかったとされる第二王子だった。
第二王子は政治に興味を示さない放蕩者だったために、王宮に懇意とする知り合いも少なかった。
そのため助言を仰ぐような部下もおらず、臣下の話をよく聞いてから政治に移す先王と異なり独断専行が多いとされていた。
第二皇子が王となった後で謁見したことのある人からは「全然声を発さないから何を考えているのかよく分からない」「威圧的でとても怖い人だ」などと良くない意見ばかりが耳に入った。
(一度だけ王宮で遠くからお姿を見たことはあるけれど――……。実際に会うとなると緊張するわね)
「心配するな」
私の心の声に呼応するかのように、前を歩くダグダが振り返る。
「陛下は優しくて偉大な方だ。王になったばかりで変な噂が流れているが、みんなまだその人となりを知らないだけだ。会って話せば本当はどんな人かが分かってくる」
次いでぽん、と軽く頭に手を置かれる。
「お前はかつて国を救ったブリガンディーの娘。陛下の味方になってくれればこんなに嬉しいことはない」
「ダグダ様はなぜそこまで私をご評価くださるのですか?母の娘と言っても、私は母のような立派なドルイドではありません。星を詠むことも、天気を変えることもできないのです」
「俺はかつて、ブリガンディー様に命を助けてもらったことがある」
思わぬ話題が出てきたので、私は目を見張った。
「俺がまだ下っ端の水兵だったころだ。大陸から帝国が攻めてきたとき軍艦の一隻に乗っていた。
砲撃が軍艦に向かって飛んできてもう駄目かと思ったところに、ブリガンディー様の声に呼ばれて海面に現れた水精霊が、砲撃を弾いてくれたんだ」
ダグダは過去を懐かしむように目を細める。
その赤い瞳にはかつての激しい海戦の様子と、二国間の大戦の風向きさえ変えてしまうような一人のドルイドの存在が浮かんでいた。
「ブリガンディー様の娘が宮仕えをすると聞いて、俺は思わず嬉しくなったんだぜ。きっとこれからのダナンを支えてくれると信じている。そしてきっと……陛下のことも」
ダグダが私のことを買い被る理由はよく分かった。
だからといってこの局面が打開されたわけではない。今の私は星も詠めないし政治的なアドバイスなど求められてもできるものではない。
「しかしダグダ様。私は陛下に何をお話すれば……」
「まあ世間話でもしてれば時間は稼げるだろ。頼んだぞ」
(相手は王様よ!そんな適当でいいわけないでしょ)
とはいえダグダも水軍将であり、本来は自分が気楽に話せる立場の相手ではない。
そんなツッコミができるわけもなく、気が付けば玉座の間の前へとたどり着いていた。
玉座の間のドアは他のものよりも一回り大きく、白く立派な彫刻で囲まれている。
王の威光を感じさせる空間を前に、心臓がバクバクと音を立てる。
ドアの横に立つ衛兵がダグダに向かって敬礼をした。
「ドルイドを連れてきた。陛下に謁見を」
ダグダが言うと、衛兵が力強く頷きドアを開ける。
ギギギ、と音がして開けられた空間の中は王宮のどんな部屋よりも広く、天井が高い。
赤い絨毯の伸びる先には数段の階段と、壁際に掲げてある巨大なダナン国旗。
その手前に金色の玉座が配置されていて、そこに堂々と座っている男性が一人。もちろん、誰なのかは考えるまでもない。
ダグダに背をつっつかれて、絨毯の上を進む。
柔らかい絨毯は私の足音を吸収し、歩いている間も静かな空間のままだった。高い天井には荘厳なシャンデリアが等間隔にぶら下がり、柔らかい光を放っている。
王様は気だるげに片肘をついていた。
第十八代ダナン国王は、くせっけの髪と、少しだけ生えているアゴヒゲが特徴的だった。
金袖のローブに、右肩のところをピンで止めている赤いマント。それと、見ようによってはおしゃれにも見える丸眼鏡をかけていた。
私が到着するまでぼんやりとこちらを見つめ、声の聞こえる範囲に来ると一言だけ「若いな」と言った。低く、耳に残る声だった。
「今年いくつだ」
「18歳です」
「その年齢で祭司なのか。優秀だな」
思いがけず王様との問答が始まってしまった。