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39、フリッカの看病(ゲオルグside)

ここから少しの間、ゲオルグ視点の回が続きます。

 フリッカが熱を出した。


 ここ最近、毎日夜の港に足を運んでいたから、そのせいで体が冷えたのだろうと思われた。


 フィルランドの雑貨屋で購入したはちみつとハーブの粉末をまぜる。俺はキッチンの棚に置かれていたカップにそれらと湯を注ぐと、トレイに乗せてフリッカの寝室に持っていく。


「入るぞ」と声をかけたが、中から返事が戻ってくることはなかった。部屋の中を覗けば、彼女は汗をかきながら苦しそうな表情で眠っていた。


 トレイをサイドテーブルに置き、木製の丸椅子を引き寄せた。


 うなされるフリッカを見下ろしながら静かに座り、額に手を乗せる。手のひらには汗ばむ彼女の肌の感触。まだ熱が高いことが伺えた。


 当初、フリッカは体調不良を隠そうとしていた。


 数日前に夜の港から帰ってきた彼女の足元がどうにもふらついており、こちらがそれを指摘しても、「特に問題はないわ」「大丈夫よ」などとのらりくらり。


 だが翌朝になって顔色の悪さが決定的になり、無理矢理に額の熱を測ったところで風邪であることがはっきりとわかった。そこから強制的に寝かせている。


 俺はフリッカが寝ている間にフィルランドに下りて、風邪に効きそうなものを購入してきた。

 一人で港町の中を行動するのは初めてだったため、すでに顔なじみの雑貨屋に行くのが安全だろうと判断した。


 先日のレストランの一件を覚えてくれていたショーンの祖父こと雑貨屋の店主は気さくに応じてくれた。事情を説明して、風邪のときに食べるといい食材を教えてもらう。


 煎じたハーブは、熱を下げるのに効果的だと彼から分け与えてもらったものだ。


「早く良くなれよ」


 聞こえていない彼女に向かって呟く。



 不思議なものだ。まさか自分が王宮を出て、こうして人の看病をすることになるとは。


 フリッカ。


 予期せぬ逃亡の先で二人暮らしをすることになった娘。


 当初はダグダに薦められ、政治的なアドバイスを聞こうと玉座の間に呼んだだけの存在だった。


 だが、反乱の兆しがあったブレスの動きが予想よりも早かったため、ダナン王国軍の戦いの準備が間に合わず、彼女と急遽の逃亡劇を演じることとなった。


――対岸の港町、フィルランドに逃げましょう。そこに姿を隠すのよ。


 そして彼女の言葉でここに来て、港町での生活を営むことになった。


 当初は不安だらけだった。初めて隠れ家から見下ろしたフィルランドはどんよりと雲が立ちこめていて、黒い海面がせり上がってくるようだった。

 今後の自分たちの行く末を暗示しているように見えて、すぐに視線をそむけてしまったことを覚えている。


 ここに来たばかりの自分が彼女との友好な関係性を構築しようと努力していたかと言えば、疑問が残る。


 早く王宮に戻り自分の責務を果たさないといけない。そういう焦りから槍の鍛錬をするか部屋に閉じこもるかばかりしていた。


 けれど自分も彼女のことを全く無視していたわけではない。フリッカと暮らしているうちに、実は彼女が不器用なのだということが分かった。


 掃除も洗濯もそれほど慣れている雰囲気ではない。口を真一文字に結んで、必死に作業をしている。


 料理中に「手伝おうか」と問えば「王様にそんなことをさせられるわけないでしょ」と怒られたが、その姿を陰から見守っていると、間違った材料を鍋に投げ込むなどしてやはり四苦八苦している。


 どうやらフリッカは負けず嫌いで頑固者のようだ。


 ダグダに「頼む」と言われた手前、生活全般のことは彼女自身が全て担おうと気負っていることも伺えたが、俺も1年前までは学者崩れの生活をしていた身。

 少しでも手伝いになればとの気持ちで料理を作ってやったら、結果的には大層喜ばれた。


――美味しい。悔しいけど私の作る料理より美味しいわ。まさかあなたがこれほど料理上手だとは思わなかった。


 離宮で暮らしていたときはあまり召使いを雇用せず、自分でできることは自分でしていた。その家事スキルがここで功を奏すとは思わなかったが、彼女の笑顔を見ることができたときにはそれなりに満ち足りた気持ちを感じたものだ。


 王位継承権争いで殺伐とした関係になってしまった家族と仲が良かった頃を思い出したし、純粋に人を喜ばせるとはこういうことかとも思った。


 その後もフリッカは自分との距離を感じさせず、さまざまな喜怒哀楽に満ちた表情を見せてくれた。


 彼女は二人での生活もドルイドとしての責務にも一生懸命で、いつもどんな課題にも全力で取り組む。


 どこかよそ者を扱うように遠巻きに見ていたフィルランドの人たちの視線が変わったのは、彼女が精霊の力を借りてショーンを助け出してからだ。


 古代林やクーシーとのやりとりはショーン救出劇の後に聞かせてもらったが、フリッカのひたむきさがなければ精霊の気持ちも港町の人々の心も動かすことはできなかった。


 フリッカを見つめながらこれまでのことを思い出していたところへ、ガタガタ、と勝手口から音がした。

 ここに住むようになってから、何度かこういうことがあった。


 当初はブレスの手先かと警戒はしたが、そのケースはほとんどない。


 眠るフリッカの傍から立ち上がり、勝手口のドアを開けてやれば、想像通り毛艶の良いバーンマクの姿があった。


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