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38、想いあぐねて

 あの日から夜の港には日参している。


 メロウの三人組とは仲良くなってきて、毎日恋バナができる間柄になった。


 メロウとの関係性も良好になってきたため、初期は毎日付き添っていたゲオルグも、最近では隠れ家で待つ日が増えてきた。


『ねえねえ、ゲオルグとの仲はあれから進展したの?』


「な、何もないわよ」


『でも同じ家に住んでいるんでしょう?何か声をかけられたり、体に触れられたりとかあるんじゃないの』


「そりゃ一緒に生活しているんだからそれくらいあるけど、別に意識しているわけじゃないし……」


『そんなんじゃ駄目よ、フリッカ。いっそのことあなたからしかけなさいな』


 私が夜にカンテラを持って埠頭に来ると、メロウたちは毎日質問を浴びせた。私はしゃがみ込んでそれに苦笑しながら答える。


 彼女たちはあの夜の言動から、私とゲオルグが恋人同士だと信じている。


 ただ、私の煮え切らない態度から、私の片思いの傾向が強いのだと判断しているようだ。


 先日も、ゲオルグにキスされそうになったタイミングで私が意識を失って倒れてしまったことを、彼女たちは相当悔しがっていた。


 「もうちょっとだったのに!」という失意が私たちを応援するというやる気に転換されたらしい。

 なぜか私の恋の応援団が海上に結成されていた。


(ゲオルグのことは気になるけど、これって恋なのかな)


 彼への気持ちがいまいち整理できていない。


 恋なのか恋でないのか。恋をしたことがないから分からない。


 でも、彼が喜べば嬉しいし、彼が悲しめば私も悲しくなる。視線が絡むと少しドキドキする。


 うまく名前がつけられない感情に振り回される日々が続いている。


『フリッカはゲオルグとキスしたくないの?』


「え!?私……?」


 恋人であるという設定を忘れて、本気でドギマギしてしまう。意識を失って倒れてなかったら、きっとゲオルグをキスをしていた。


 そうしたら自分は……。


「は、はひ」


『あっ、またこの子固まっちゃったわ』


『もう、人間ってこんなに恥ずかしがり屋なの?全然恋バナが進まないじゃない』


『あはは、からかって遊ぶには最適よね。最近の退屈が解消できて面白いわ』


 メロウに笑われて、すっくと立ち上がった。顔ののぼせを解消しようと、ぶんぶんと首を振る。


 最近はずっとこんな感じだ。私の持て余しているゲオルグへの気持ちを、メロウたちにおもちゃにされている。


 でも、私も誰に相談すればいいのか分からなかったから、話を聞いてもらえるのは少しありがたかった。


 すると笑い終えた金髪のメロウが、『ああ、そうだわ』と思い出したように声を出す。


『そういえば、最近このあたりで銀魚が採れないって言ってたわよね』


 フィルランドを悩ませている銀魚の不漁の件だ。


 私は前のめりになる気持ちを抑えつつ、冷静に「そうなのよ」と答えた。メロウは気が変わりやすいから慎重に応じる。


「フィルランドの漁師さんが困っているのよ。それで漁業に出ない船も増えていて」


『だから海町の漁船の数が減ってたのね』


『漁船が減ると、男の数も減るのよね』


『私たちも、フリッカの話を聞いてたら恋がしたくなっちゃったな。となると恋の相手に手頃なのは海に出てくる漁師たちってわけで』


『もっと漁師たちには海漁に出てきてもらわないと面白くないわ』


 金髪のメロウの話に、他二人のメロウも乗ってくる。私は思わぬ風向きに目を見開いた。


『潮の流れだっけ?銀魚がもう一度フィルランドに戻るように、海の底の国に戻って交渉してみるわ』


「本当!?」


『私のおじいちゃん、メロウの長老なの。長老なら潮の流れを変えるくらい造作もないわ』


 金髪のメロウが髪をかきあげながら得意げに言った。


『フリッカには面白い恋バナをたくさん聞かせてもらったしね。水門や政治には興味はないけれど、フリッカとゲオルグの恋の進展は応援させてもらいたいもの』


「し、進展はなかなか約束できないかもしれないけど……一生懸命頑張るわ」


『あはは、そんな弱気だから駄目なのよ。思い切って身を任せてしまいなさいよ』


 毎日必死に恋バナをした甲斐があった。これで銀魚が戻ってくる。


 水門は閉じたままだが、それでも町に特産品が戻ればフィルランドの漁業も再び活性化するだろう。


 “水妖の墓場”についてもメロウたちに相談したいのが本音だが、今は潮の流れを戻すことに同意してくれた彼女たちの好意を尊重しよう。


 焦るのはよくない。また話をするチャンスはきっとあるはずだ。


 港を吹き抜ける風が肌に刺さる。今日はとくに冷え込む夜だなと思った。


 話の頃合いもよく、切り上げるにはちょうどよいタイミングだ。


 ランタンの明かりを覗き込む私に、金髪のメロウが話かける。


『ねえ、フリッカ』


「なに?」


『あなたはゲオルグに自分の気持ちを積極的に打ち明けないつもり?』


 自分の気持ち?ゲオルグに打ち明ける?


『恋人同士でも、あなたが「好き」の一言も言わなかったら、ゲオルグは離れていってしまうのではなくて?あなたはそれでもいいの?』


 仮定の話だ。


 そもそも恋人であることも仮定の話なのだから、「ちゃんと気持ちは言葉で表現するわ」とでも言ってしまえばいい。

 それでこの場は丸く収まる。


 なのになぜ言葉が出てこないのだろう。思わず考え込んでしまう。


 「好き」と言ったら、ゲオルグはずっと傍にいてくれるのだろうか。


 そんなわけはない。


 彼は本来、こんなところにいるべき人ではない。雲の上の存在なのだ。


 私が何を思おうと何を言おうと、いずれ去っていく人だ。私の存在など、関係なくて。


 メロウに返事をするのを一瞬ためらう。そして。


「そうね。……機会を見つけて、言葉にしてみるわ」


 私は、仮定の言葉で締めくくった。


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