34、変わる二人の関係性
お待たせしました。
ここから恋愛展開増し増しで進めていきます……!
翌朝。
重たい瞼を開ける。
私は日課になっている朝市には行かず、普段よりも遅い時間まで寝台に横になっていた。
昨夜のこともあり、起きる気になれなかったのだ。ゲオルグに起こされるかと思ったが、寝室の向こう側からは何の音沙汰もない。
(もうメロウに会いに行くことは難しいかしら)
性懲りもなくこんなことを考えていては、ゲオルグに怒られそうだ。だが、私は事態を打開するカギを握るメロウとの接触を諦めきれなかった。
(褐色のメロウは怒らせてしまったけど、金髪のメロウは私を海に引きずりこもうとするところを止めてくれた。何とか謝って再び会話のチャンスが得られればいいけど……)
自分の力不足は身に染みるほど痛感したが、やはり何度考え直しても他に手だてがないのだ。
王宮の祭司がいれば別だが、ここには見習いである私しかいない以上、ゲオルグを王宮に戻す役目を担うのも私なのだ。
やはりもう一度メロウとの接触にチャレンジしてみたい気持ちが湧き上がってくる。
寝台の上でゴロゴロしながら思考を巡らせる。また海に引きずりこまれては困るので、クーシーに頼んで逆側から裾でも引っ張っておいてもらおうか。
そんなことを考えていると、寝室のドアがノックされた。
朝食当番を放り出したので、同居人から苦言を呈されるかもしれない。
今から急いで作らないと。私は眉をひそめながらおそるおそるドアを開けた。
予想した通り、そこにはゲオルグがいた。昨晩のやりとりを感じさせない、相変わらずのそっけない表情である。
「朝食だ」
ゲオルグがテーブルを指す。
そこには粗挽きのパンとチーズ、穀物と野菜のポリッジが二人分並んでいた。メニューを見る限り、前日の朝市で買った材料で作ったもののようだった。
「ゲオルグが作ってくれたの?」
「あるものを適当に並べただけだ」
「……本当は私が作らなきゃいけなかったのに。ありがとう」
「昨日の件でショックを受けて起きてこないのだろうとは思っていた。腹が満たされれば気分も上がるだろう。さっさと食べるぞ」
言葉は朴訥だが、私に気を使ってくれていることは分かる。その率直な優しさに胸の奥が温かくなった。
「いただきます」
一口含めば、その美味しさがじんわりと広がる。
「美味しいわ」と感想を言えば目の前の王様からは「そうか」と一言。二人で朝食を取りながら、昨晩のやりとりに改めて思いを馳せた。
目の前に座るゲオルグをじっと見る。
昨日は目前の危険に意識を奪われて、彼に助けられたお礼をちゃんとできていなかった。
ゲオルグが来るのがもうちょっと遅かったら、私は大変なことになっていたはず。今頃は海の底だ。メロウに囚われたら、二度と戻ってくることはできないと言われる。
ちゃんとお礼を言わないといけない。
だってそう、彼はメロウの手に引かれ海の底に連れていかれそうになる私を、その手で引き戻してくれた。
(私の体を抱きしめて――……)
そこまで考えて顔がカッとなる。
昨日は慌てていて意識していなかったのだが、男性に抱きしめられたのは生まれて初めてのことだった。
意識したらそこからが大変だった。
今になって、そのときのことが非常にリアルに思い起こされる。
腰に回された手はゲオルグの体に引き寄せられ、自分のものよりもずっとずっと逞しい腕には力強さが宿っていて。
最終的に勢い余った二人は、ぴったりと寄り添うかたちで石造りの港の上に寝転がった。
しかも、その後には頬に手まで添えられている。
ゲオルグの手の熱はじんわりと私の内側へと伝わってきた。彫りの深い彼の顔は私の間近にあった。
(き、緊急事態だったんだからしょうがないでしょう。そんなに意識しちゃだめよ……!)
今更ゲオルグとの接触を思い出して慌てふためいてしまう。
彼は純粋に私を助けるつもりで抱きしめたのだ。他意はないはず。
それなのに、なぜか私だけが昨日の接触を意識してドキドキしている。
おかしいのは分かっているのに、顔に熱が集まるのを止められなかった。ゲオルグは私の様子に気付くことなく朝食を食べ続けている。
最近、ゲオルグに対する気持ちが変化しているのは理解していた。
そもそも、王宮を抜け出したときにダグダに「王を頼む」と言われてから、逃亡先の生活を構築するのは自分の役割だと認識していた。
隠れ家を見つけ、フィルランドに溶け込んで情報を掴み、日々の食事を準備し、生活を営む。
その上で、ドルイドとしてゲオルグの行く先を照らし出すことこそが、自分の果たすべき責務だと思っていた。
王である彼からの見返りなど、何ら期待はしていなかった。それが私の目指す「国に仕える祭司」というものだ。
けれど、――ゲオルグはことあるごとに「君に助けられた」と言ってくれるが――実際に生活の営みに手を添えてくれているのは彼だ。
メロウの手から引き上げてくれたのはもちろんだが、それ以外にも朝食作りであったり洗濯であったり、エーン・ドゥを追い払うことであったり。
支えてもらったと感じる場面はいろいろだ。
実際、フィルランドのレストランに行った際には私の悩み事まで聞いてもらった。救われたのは、むしろ私のほうで。
王様らしくない王様。
生真面目で、優しさを惜しむことなく注いでくれる人。
(どうしよう。今は王宮に戻るまでの仮暮らし。期間限定の二人暮らしだからこそ、王様から特別扱いされているだけなのに……まるで勘違いしてしまいそうになる)
「おい、フリッカ」
「!は、はいい!!」
急に呼ばれたので変な声が出てしまった。ゲオルグがスプーンを持ち上げたままジト目になる。
「なんだ。おかしな奴だな」
「な、何よ。呼んだのはそっちでしょ。用件があるならちゃんと言ってちょうだい」
「君、またメロウに会いにいくつもりだろう」
「え?」
何で分かったのだろう。ポカンとしてしまった。
「顔に書いてある。君の性格からして、そう簡単に諦めることはないだろうと思ってな」
どう返事をするのがいいだろうかと悩んでいると、ゲオルグが先に言葉を継いだ。
「また先走って危ない行動をされても困るからな。君がメロウに会いにいくなら、俺も行く」
「えっ、ゲオルグも来るの?」
「言っただろう。君を孤立させるつもりはない。今度は君が攫われないように、俺が支えていてやる」
まさか二人でメロウに会いにいくことになるとは。
しかし、こそこそ隠れて行動するよりはゲオルグに公認してもらえたほうが安心だ。私はポリッジを一口飲み込むと、大きく頷いた。
昨日触れた彼の体温を思い出す。あの大きな手が傍にあると思うと、私も心強い。
それに、「俺が支えていてやる」という言葉にどこか嬉しさを感じている自分もいる。
「今日の夜、もう一度港に行ってみましょう」




