3、王様に呼ばれて
王宮で勤務するようになって一週間。
基本的にドルイド見習いの1日というのは神殿での定時の祈りと座学で終わる。
この日は王都ダナンランドの丘の上にある神殿に移動して国家安寧の祈りを捧げるという仕事があった。
ほかのドルイド見習いからはぐれないように移動しようとしているところへ、指導教官の祭司から声がかけられた。
「フリッカさん、こちらへ」
「はい」
ローブを目深に被った指導教官の横には、筋肉質で立派な体躯の男性が立っている。男性は腕を組んで堂々としていて、褐色の肌とたてがみめいた赤毛が特徴的だった。
「ほう、こいつがブリガンディーの娘か」
こちらが「どなたですか」と聞く前に唐突にそう言われたので面食らった。
ブリガンディーは私の母の名前だ。有名人だった母親の名前は独り歩きしていることが多いので、こういう反応は珍しくない。
けれど、私はどうしても冷めた返事をしてしまう。
「そうですが、あなたはどなたですか」
詰襟の制服めいた格好は軍服のそれである。
これが水軍の制服であることに気付いたと同時に、指導教官に強くたしなめられた。
「口の聞き方に気をつけなさい。この方はダナン水軍将のダグダ様です」
「ダナン水軍将!?」
水軍とは大陸でいう「海軍」のこと。そして将軍というのはその名称が示す通り、水軍のトップ。
すなわち先日授業でやったばかりの軍艦の艦隊司令官ということだ。
こんな廊下で立ち話をしていていいような人物ではない。とにかく偉い人である。
(そういえばダナンの水軍将は赤いたてがみで有名だと聞いたことがあるわ。いずれにせよ水軍将がなぜこんなところに?)
ダグダは礼儀知らずな私の態度など意にも介さない様子で、口元に手を運んではニヤニヤとこちらを見つめている。
上から下まで、好奇心を隠そうともしない視線を向けられた。
「フリッカとやら。お前もドルイドなんだろう?」
「ダグダ様。フリッカさんはまだ見習いです」
「見習い?」
指導教官が横から口を挟む。ダグダは視線をフリッカに向けたまま、少しだけ唸った。
「見習いということは星詠みはできないのか」
「まだ政治業務には就かせていません。せいぜい神殿で祈りを捧げるのが精一杯で……」
「ふうん。しかしあのブリガンディーの娘なんだ。星詠みくらいはできるだろう」
ダグダは一人で納得したかのように大きく頷き、私に向かって顎で「こっちに来い」と指示を出す。指導教官は焦った声を出した。
「ですが……」
「こっちは王の命令なんだ。つべこべ言わず連れていくぞ」
私が話が見えず首をかしげていると、ダグダが強い力で私の腕を引っ張った。どこかへ連れていくつもりらしい。
「わっ!何?」
「お前は今から王に謁見するんだよ」
「え……王様に!?」
まさか王宮務めを始めたばかりの見習いの娘が王様に謁見をするなど冗談だとしか思えない。
ダナンの王様は王宮の最奥にある玉座の間にいる。そこは神聖不可侵の場所。
ダナンに仕える高官中の高官しか入ることができない場所とされている。
そんな場所に行くとは、しかも王様に会うのがドルイド見習いの自分だなんて何かの間違いではないだろうか。
徐々に事態を飲み込み始めた私は、腕を引っ張るダグダに再度確認を求めた。
「あの、ダグダ……様!私はただの見習いです。何の力もありません。王様に謁見しても何もできません!」
「だがお前はあのブリガンディーの娘だろう。そこらへんのドルイドとは違うだろうが。陛下は今この瞬間にドルイドのアドバイスが欲しいとおっしゃられているんだ。さっさと玉座の間にドルイドを連れてこいと言われている」
「いや、だから……!」
それは本来、王宮に仕える祭司の役目だ。なぜ見習いの自分が行わなければいけないのだろうか。
私の気持ちを読んだかのように、ダグダが言葉を継いだ。
「いねえんだよ。今日は第五王子の離宮で生誕祭が行われている。宮廷の楽隊や祭司部隊は祝いの行事のために全員出払っているんだ。でも政治は止まっちゃくれねえからな。
王様から『ドルイドのアドバイスが欲しい』と言われて、それができそうな人物を探しに来たってわけさ」
「じゃあ指導教官様にお願いすればいいじゃないですか」
私がそう言って指さすと、指導教官役の祭司は小さな声で悲鳴を上げた。
「めっそうもない……!私などが陛下に拝謁するなどとんでもないことでございます」
さっきまでの凛々しい教師面はどこへ行ったのだろう。顔を引きつらせて、声も不安げになっている。
「そういうことでしたらフリッカさんを連れていってください、ダグダ様。星詠みはまだ行っておりませんが、彼女もドルイドの見習い。きっと陛下を導いてくださるでしょう」
(さっきと言っていることが全然違うじゃない!どういうことよ)
まるで王様に捧げる生贄とでも言いたげだ。この指導教官は相当に王への拝謁を避けたかったと見える。
でも、その事情はなんとなく理解できた。現国王は即位してまだ間もなく、良い噂を聞いたことがないからだ。
「よし、話はまとまったな。陛下がお待ちだ。いくぞ」
ダグダは満足そうに頷くと、フリッカを引きつれて玉座の間のほうへと向かった。