29、メロウに会いに
穏やかだったゲオルグの表情が引き締まる。私の言った言葉の意味をすぐさま理解したようだった。
彼は勝手口のドアを閉めると、椅子に座っておもむろに足を組んだ。
私は黙って彼が口を開くのを待つ。ゲオルグが何か考え事をするときに足を組むのが癖なのだと最近知った。
「北東の水門を閉じられたら、ダナンランドへの海路は“水妖の墓場”を通る道しかなくなる。ブレスは南部の軍港に停泊している軍艦の進路を封じたんだ。
迂回路を利用できなくさせ、是が非でも海路での侵攻作戦を防ぐつもりなんだろう」
ゲオルグはブレスの狙いをあっさり解説して見せた。私が思い当たった理由と同じだ。
「どうするの、ゲオルグ?そんなことをされたら、ダナンランドに侵攻する方法がなくなっちゃうじゃない」
「先手を打たれたのだから仕方がない。再びダグダがここに来たときに、陸路での侵攻を検討するかどうかも考えなければならんな」
ゲオルグは冷静だったが、深刻そうな表情は変わらなかった。続いて彼は懸念を口にする。
「それにしても、ブレスは一体何を考えているんだ?銀魚が不漁になったらフィルランドの商売は上がったりだ。
水門を閉めてまだ日が浅いというのに、すでに漁業に影響が出始めているのだとすれば、このまま閉鎖が続いたら町はどうなってしまうか……国民を苦しめてまで権力が欲しいのか」
理解できない、という体で呟かれるゲオルグの言葉に、私も頷きたい思いでいっぱいだった。
このまま水門の閉鎖が続けば、漁業を中心に栄えているフィルランドは大きな痛手を受けることになる。
私とゲオルグが逃亡したせいでこの町に迷惑をかける、なんてことは絶対に避けなければ。
(やはり、メロウと会わなければいけない)
メロウなら潮の流れを変える方法も知っているかもしれない。
八方ふさがりのこの状況を打開するには、精霊の力を借りるしかない。
「ゲオルグ、私今日の夜にちょっと出かけてくるわ」
「……夜?ずいぶんと急だな。何かあるのか」
ゲオルグが眉をひそめた。不審がられている。これまで夜に出かけたことなどほとんどなかったから当然のことではあるのだが。
私はメロウのことを簡潔に説明した。
ただし、気性が荒いことや付き合い方が難しいことなどの詳細は省く。
ちょっと会いにいくだけならそれほど危険はないと思っているし、あまり極端な情報を与えてゲオルグに余計な心配をさせたくはない。
「なるほど。その精霊の力を借りられたら“水妖の墓場”も通れるかもしれないし、フィルランドの不漁も解消するかもしれない、と」
口元に手を当てて、ゲオルグは私の説明を反芻した。
だが、どうも素直に受け入れてくれたわけではないようだ。彼は黄色い目でじっとこちらを覗きこむ。
「それは確かに心強い話だ」
「でしょう?だからさっそく、今日の夜から港でメロウを待ってみようかと思って」
「だがどうもうますぎる話だな。メロウというのはそんなに友好的な精霊なのか?」
ギクリとする。前々から思っていたが、ゲオルグは勘がいい。
「これまでのフリッカの話を聞いていると、精霊とのやりとりについては貸し借りの有無がある。等価交換と言ってもいい。古代林とはエーン・ドゥを追い払う約束を交わし、クーシーは足の怪我を直してやった。
“水妖の墓場”を通すほどの力を貸してくれるメロウとやらは、そんな簡単に人間と交流をしてくれるのか?」
「メロウはちょっといたずら好きだけど、陽気な子も多いわ。大丈夫。今日は様子を見てくるだけよ」
嘘は言っていない。私は言葉を整えてゲオルグを説得した。
ここで止められるわけにはいかない。
何としてもメロウに会いにいかなければならないという気負いが私を動かす。
「……本当だな。その言葉を信じるぞ」
「ええ、精霊のことは任せてちょうだい。これでもドルイドの見習いよ。無茶をするつもりはないわ」
「ドルイドとしての心配をしているわけじゃ、ないんだがな」
「え?」
「とにかく、身の危険を感じたらすぐに引き返すと約束しろ。いいな」
「分かったわ」
「……気を付けていくんだぞ」
それでもゲオルグはどこか半信半疑の様子だった。
そんな彼を横目に、私は夜の訪れを待つ。空が暗くなると手にランタンを持ち、町へと下りた。




