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27、人魚の精霊

 翌日の朝市は晴天の下で賑わっていた。


 埠頭から聞こえるのは、漁が終わってひと息ついている漁師たちの酒盛りの声と縄のきしむ音だ。


 港の広場では、地元の人々が立ち並ぶ露店でパンや野菜を売っている横で、たまたまその日に訪れた旅の吟遊詩人が朝にふさわしい爽やかな一曲をリュートで奏でている。


 私はサーシャおばさんに挨拶をした後で目当ての食材を買い込むと、露店の脇でボールを蹴って遊んでいたショーンに話しかけた。


「ねえショーン、水精霊の噂って聞いたことない?」


 フィルランドは精霊の故郷と呼ばれる。それは海と森という、精霊が好む自然が良い塩梅で密接に交差している地点だからだ。


 ドルイドでなければ精霊と意思を介することはできない。けれど人々は昔から、何か不可思議な現象が起きるとそこに精霊を見た。目視できるかできないかはその時々の事象による。


 生まれたときからこの地域に住んでいる人々なら、その姿を見たり噂話を聞いたりしたことは当然あるだろう。


「夜漁をしているときにメロウに会った話ならよく聞くよ」


 ショーンはボールを両手に持ちながら、とある水精霊の名を挙げた。


 メロウは上半身が人間、下半身が魚型のいたずら好きな水精霊だ。


 気が好いメロウは人間と酒を飲みかわすこともあるが、機嫌が悪くなると漁の邪魔をしたり人間を海に連れて行ってしまったりする。


「漁師のおじさんたちに聞いてみなよ。みんなメロウに邪魔されて大型の魚を逃した、なんて話をしているのをしょっちゅう聞くよ」


「メロウって人魚の姿をした精霊よね。私も会ってみたいわ」


「僕は半信半疑だけどね。それって本当に精霊の仕業なのかな?おじさんたちが漁に失敗したのをメロウのせいにしているだけじゃないかって思ってる」


 ショーンの鋭い指摘に私は苦笑するしかなかった。噂話の中には、そういう事例も混じっているかもしれない。


 ショーンと別れた私は朝市の会場からわずかに離れ、帆船が停泊している場所に向かう。


 潮風にはためくメインマストは、長年の漁によるダメージからか修繕の後が見える。

 複数並ぶ帆船は風に煽られ揺れていて、いくつかの船では翌日の漁の準備のために漁師が縄を結んでいた。


 その中のひとつの船の甲板上には、先日レストランで出会った漁師が忙しなく働いていた。


(もしかしたら、精霊のことが聞けるかも)


 私は作業が中断されたキリのいいところで思い切って声をかけた。


「おお!この前のお嬢ちゃんか」


「先日はありがとう。魚料理、とっても美味しかったわ。ご馳走様」


「なに、いいってことよ。お嬢ちゃんなら大歓迎さ」


 私はショーンから聞いたメロウの件を切り出す。

 漁師は嫌がる様子もなく、喜んで船から下りて近づいてきた。


「フィルランドの漁師が出会ったというメロウについて聞きたいんだけど」


「なんだ、お嬢ちゃん精霊に興味があるのか?」


「ええ。会ってみたいのよ。だって人魚なんて素敵じゃない」


「やめとけ。女型のメロウなら俺も見かけたことがあるが、碌な目に合わないぞ」


 漁師は首を振った。そのときのことを思い出しているのか、嫌そうな表情を浮かべて腕を組んだ。


 碌な目に合わない、という感想にはだいぶ実感がこもっている。


「メロウってやつは上半身は人間の姿をしていて、海上から姿を出して船のほうを見てくる。こっちが話しかけると笑いながら近寄ってきてなあ。大漁のときには銀魚を分けてやったりしたこともあるが、最近は新王が閉ざした水門のせいで不漁が続いている。

 『あっちにいけ』というとふてくされた顔になって去っていくんだが、その後決まって嵐になるんだ」


「そんな冷たい仕打ちをしたら人魚だって怒ってしまうんじゃないの?でも、その後嵐になるっていうのは恐いわね」


 気に食わないと嵐を引き起こす。何とも気まぐれな精霊だ。間違いなくメロウだろう。


 だがそれはそれとして、今の話には聞き捨てならない点が一か所ある。


「ところで新王が閉ざした水門って何のこと?」


「フィルランドの北東にあった軍事用の水門を、新王が最近閉めちまったんだよ。そのせいで潮の流れが変わって、銀魚が不漁になっている。このまま水門の閉鎖が続くと俺たちの稼ぎにも関わってくるってんでほとほと参っているんだよ」


「そんなことが起きていたのね。全然知らなかった」


「ここ最近のことだし、漁師じゃない人間なら知らなくても無理ないと思うぜ。でもこのままいくと間違いなくフィルランドは干上がっちまう」


 どうやらブレスは、漁師たちの生活に関わる深刻な事態を黙認しているようだ。


 しかしいくらブレスが政治的に未熟だと言っても、自国民が困ることを積極的に推奨する理由はないはず。

 なぜ彼は、敢えて水門を閉じたのだろうか。


「とにかく水門のせいで銀魚は不漁だし、メロウには八つ当たりされるしでいいことなしだよ。誰か何とかしてくれるといいんだがなあ」


 漁師のぼやきを聞きながら、私はその場を辞した。


 メロウの協力を仰げるかは不明だが、今後のことを考えると一度は接触しておくべきだろう。


 漁師にはドルイドの見習いであることは伏せているため、「私も一度でいいから人魚を見てみたいな」などと言ってごまかしておいた。


 そして漁師は「本当にいいことないぞ」と念を押しながら会話の最後にこう言ったのだ。


「メロウは夜漁のときに漁火を目印にやってくるんだ。夜に明かりをつけて港に近づいたら、姿くらいは見れるかもな」


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