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25、森への侵入者

 朝の日差しが窓から差し込んでくる。鳥のさえずりが聞こえ、今日も私は目を覚ました。


 ベッドから身を起こし、服を着替えてピンク色の髪を結わく。寝室を飛び出すと、隣の部屋のドアをノックした。ゲオルグの寝室だ。


「ゲオルグ、おはよう!今日も良い朝よ」


 返事はない。いつものことだった。


 この時間の彼は、仮に起きているとしてもいつもぼんやりとしていて不機嫌だ。私は構わずキッチンに行って顔を洗った。


 今日はフィルランドの朝市がお休みのため、昨日買い物をした材料で朝ごはんを作ろうと思っていた。


 腕組みをしながらさて何を作ろうかと考えていると、キッチン裏にある勝手口のドアからガタガタと音がする。


 ただの風の音とは違う気がする。明らかに何者かがドアを叩いていた。


 わざわざ港町から坂を上がって来た人だろうか。しかしサーシャおばさんもショーンも、この家を訪ねてきたことはないし、訪ねてくるような理由も思い当たらない。


 となるとブレス配下の人間―――?


 嫌な予感に胸騒ぎを覚える。私はそっと勝手口に近づいた。


 ドアに耳を当て、外の気配に神経を研ぎ澄ませる。

 もう一度ガタガタと音がしたが、人間がドアを叩く音ではない。


 そう、これは……動物の前脚が擦れるような。そこまで考えて、ある答えが浮かんだ。


(この気配、もしかして精霊じゃないかしら)


 人間の物音とは明らかに違う。そして、異なる気配も漂う。自分の抱いた第六感とも言えるフィーリングを再度確認し、自ら頷くと、私はゆっくりとドアを開けた。


 そこにいたのは、青白く輝く毛艶の良いバーンマクだった。


「クーシー!ここまで来てくれたのね」


 私はその場にしゃがみ込むとふわふわの毛を抱きしめた。若干暴れられたが、意に介さない。


『クーシーとは何だ。僕はバーンマクだぞ』


「何度も会っているのにバーンマクと呼ぶのも寂しいでしょう?せっかくだから、名前をつけさせてもらったわ。嫌かしら」


『ふん、相変わらず変わった奴だな。勝手にしろ』


「ありがとう」


 前脚を怪我したバーンマクとはその後森で何度か出会っていたため、私は勝手に「クーシー」と名前を付けて呼んでいた。


 クーシーはプライドが高くいつも偶然を装っていたが、実際は太陽の実のペーストを目的に来ていることは明白だった。


 家の近くまで来てもらって何度か前脚に塗布しているうちに、クーシーの怪我も良くなってきた。今では赤みもだいぶ引いてきている。


(最初はどうなることかと思ったけど、本当によかった)


 しゃがみこみながら長い毛をかき分け、前脚の怪我を覗き込む。

 そっと撫でてみても問題なさそうなクーシーの様子を見て、ホッと胸をなでおろした。


「今日はどうしたの?お腹でも空いたのかしら。それとも薬を塗る?」


『馬鹿にするなよ。まるで僕がいつも物乞いしているみたいじゃないか』


「えっと、じゃあどんな用件?ドアを叩くなんて、何か急いでいるようだったけれど」


 クーシーと話していると、背後で物音がした。ゲオルグが起きてきたのだろう。


 だが警戒しているのか、ゲオルグはこちらへ顔を出さない。私は家の中に踵を返してゲオルグを呼んだ。


「ゲオルグ、起きたの?」


「誰かいるのか?この家の場所を気取られたのか」


 眠そうだったが、緊張感がみなぎり声には張りがある。


「違うわ。安心してちょうだい、精霊よ」


「精霊?」


 ゲオルグを勝手口まで連れてくる。クーシーの姿がゲオルグに見えるのか若干不安だったが、彼が「白い狼か」と呟いたので安心した。


 クーシーは私の連れであるゲオルグに姿を晒すことを許容したのだ。姿を消す能力を持つ精霊は、自分が心を許さない人間には姿を晒さないことがある。


 言葉ではことごとく私を馬鹿にしてくるクーシーだが、ゲオルグに姿を晒す事例を取ってみても、相当に心を許してくれていることが分かった。

 素直じゃないけどいい精霊なのだ。


「狼じゃないわ。バーンマク。精霊が多く住む森の番人と言われているわ」


「確かに毛並みが狼とは違うな……。これが精霊か。初めて見る」


『この男は何だ。フリッカと同じドルイドか』


 ゲオルグにはクーシーの言葉は聞こえない。「何やら唸っているがフリッカには言葉が聞こえるのか」と質問された。


「ゲオルグが、私と同じドルイドなのかと聞いているわ。……あのねクーシー、彼はドルイドではないの。詳しくは言えないんだけど、ダナンランドの偉い人なのよ」


『この男がか。……ふうん、となるとダナンランドの匂いをつけた侵入者はこの男に会いに来た可能性があるのだな』


「侵入者?」


 そうだ。ショーンの一件でうやむやになっていたが、以前クーシーが『森の中でダナンランドの匂いがついた人間がウロついていた』と教えてくれていたのだ。


 ゲオルグは私とクーシーのやりとりを静かに見守っている。


 私は慌ててクーシーに侵入者のことを聞こうとしたが、先に口を開いたのはクーシーだった。


『その侵入者だがな、また来たぞ』


「えっ!?」


『今日はそれを知らせに来た。フリッカたちは誰かから追われていると言っていたから、早いうちに教えたほうがいいかと思った』


 クーシーが自慢の尻尾をひと振りした。長くふんわりとした尾が振られれば、小さなつむじ風が起きる。

 私はゲオルグに翻訳した後、クーシーに質問を続けた。


「その侵入者ってどんな人?何人くらい?」


『ダナンランドの匂いをつけている。体が大きく、剣を佩いているから軍人だろう。一人で森をうろついていた』


「ブレス軍がたった一人で……?」


 ゲオルグを捕らえにくる軍隊がたった一人で行動するだろうか。たとえ少数部隊で動くとしても、二人や三人で組んで捜索をするような気がする。


 ゲオルグが口を開いた。


「フリッカ、その侵入者の身体的特徴を聞いてくれ。ブレス軍であれば剣と白鳥の紋章をつけた甲冑や旗を身に着けている可能性がある」


 王家出身の者はそれぞれの家紋を使用していて、ブレスは中央に配置された剣に白鳥が絡んでいる紋だった。ちなみにゲオルグは鷹と盾だそうだ。


 私は頷くと、ゲオルグの質問をクーシーにぶつけてみた。クーシーは首を横に振った。


『鎧って人間たちが戦争中に身に着ける重そうなやつだろう?あんなものつけていないよ。剣や白鳥も見えなかった。白い服に、赤いたてがみのような髪の毛をしている変わった人間だった。誰かを探しているように見えたな』


 私とゲオルグは顔を見合わせた。白い服に赤いたてがみ。


 おそらく同じ人物が頭の中に浮かんでいるに違いない。それは王宮で最後に見たあの人物。


「クーシー、その人のところまで連れていってくれない?」


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