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24、話すことで救われる

 優しく笑いかけられて、なぜだかドキリとした。ゲオルグは普段無表情な分、感情を乗せた彼の笑顔は幾分幼く見える。


「王宮を抜け出してから君には助けてもらいっぱなしだな。ダナンランドに帰ったら必ず礼をする」


「ドルイドとしては役不足だけどね。それに、それは帰れたらの話でしょ」


「ははは、それもそうだ」


 ハーブエールを飲んで気が良くなっているのだろうか。ゲオルグは朝よりも楽しそうだった。滅入った気持ちを晴らしてもらえたのなら何よりだ。


 それに。私も、今なら話せる気がする。


「……あのね、ゲオルグ。私、お母さんを亡くしているの」


 突然の話題にも、ゲオルグは言葉を挟まずに先を促してくれた。


「私のお母さんはダナン王国の祭司長で、ダナン建国以来のドルイドと言われていたの。お母さんはすごい人で、どんな生き物とも会話できたし、たった一人で大型の精霊を使役したり嵐を起こして大陸の軍隊を撃退したりしたそうよ。

 でも私が5歳のときに……死んでしまった」


「その祭司長の噂は聞いたことがある。ダグダがよく話していた稀代のドルイドのことだな。ブリガンディーと言ったか……。そうか、君の母親だったのか」


「子供の頃から草木や動物とおしゃべりできたことを、お母さんは喜んでくれていた。

 私はお母さんに憧れてドルイドを目指したの。お母さんみたいに……人や国のために何かができたらって」


 自分の中にあった思いを誰かに話すのは、初めてのことだった。


 母への憧れを話せば、偉大な母親と比べられるのは分かっている。私は、それを少し恐れていた。


 ただ、ゲオルグには自然に話すことができた。なぜだかはよく分からない。


 少し前までは自国の王様として遠くから見つめることしかできなかった彼に、こんなことを話すなんて想像もしていなかったのに。


「もちろんダグダ様に『あなたを頼む』と言われたからというのもあるわ。でも私は、きっとあなたを助けることで『自分はお母さんのような偉大なドルイドにはなれない』という空虚感を解消しようとしているのかもしれない。

 あなたを助けられれば、少しでもお母さんに近づけるから……」


 正面にいる彼をちらりと伺う。ゲオルグはハーブエールでわずかに血の気が良くなった口元を動かして、何かを述べようとする。


 だが彼は一度口を閉ざし、アゴヒゲを撫でまわしてしてからもう一度口を開いた。


「上手い言葉が見当たらないのだが、俺は少し君が羨ましい」


「……羨ましい?」


 予想外の言葉に、思わず問い返した。

 幻滅されるかもしれないと思いながら放った自分の本音に対して、「羨ましい」とはどういうことだろう。


「フリッカも知っている通り、俺は先王たる父親の功績に無頓着で、王位継承にも乗り気ではなかった。

 結果的に争う兄弟たちにも無関心を貫き通して家族を失った。君のように血のつながりに執着するという感情を知らない」


 手元に目線を落としながら、彼は言葉を探しているようだった。


「愛の反対は無関心だと言う。無関心だからこそ、俺は家族に何の感情も抱くことができなかった。

 もしも俺が少しでも先王の成し遂げてきた国事に興味を抱いていたのならば歴史は違っていたのかもしれない。兄弟の間を取り持ち、協力してもっと早くダナンを復興させていたかもしれん」


 第五王子以外、彼の兄弟は全員が死亡している。唯一生き残ったブレスが、王位継承権を得るために今回のクーデターを起こした。


 家族のつながりとしては、最悪の結果と言える。


「だからそう……、憧れであっても空虚感であっても、家族に何らかの感情を抱くことができる君が羨ましいと、俺は思ったんだ。

 それは亡くなった母親と君をつなぐ唯一の感情なのだろう。大切にするといい」


 私は自分をあさましいと感じることがあった。


 どこかでかなわないと分かっているのに、都合が良いときだけ乗り越える存在として母親を思い浮かべる自分が、本当にドルイドに値するのかと疑問に感じるときもあった。


 だからまさか、この気持ちを大切にすべきだなんて言ってもらえるとは思わなかったのだ。


 ゲオルグに言葉を受け止めてもらったことで、心の中にこれまでに感じたことのない気持ちが広がる。

 

 言葉にするのが難しい。もどかしいが、不快ではない、少しだけくすぐったい感覚だった。


「……ゲオルグ、ありがとう」


 初めての感覚に戸惑っていた私はしばし言葉を失っていたが、ハッとすると彼へ感謝の念を述べた。


「本音を言うと、私はお母さんへの感情を後ろめたいと思うこともあったの。このままドルイドを目指してもいいのかって。だからそんなふうに言ってもらえるなんて意外だったわ」


「俺も家族の件についてはずっと背を向けて生きてきた。こうやって面と向かって話すのは君が初めてかもしれない。

 ……話して分かち合えることもあるのだな」


 フィルランドに来てから日を追うごとにゲオルグと交わす言葉が増えている。


 当初は単なる王様とドルイド――の見習い――という格式ばった関係性を意識してか、最低限の意思疎通で済ませようとしていた。


 けれど日が経つにつれ、港町であった出来事や森での精霊との出会いなどを話すうちに、口数が増えていった。


 こうやって港町に下りてきて、一緒にご飯が食べられるなんて王宮から逃亡した当初には思いもしなかったことだ。


(ゲオルグとたくさん話せて、今日は楽しかったな)


 レストランを辞去して丘の上の隠れ家に戻る際、私はそう思った。


 ゲオルグの立場から何度も町へ下りることは難しいだろうが、また一緒に町を回りたいとも。


「ねえ、ゲオルグ」


「なんだ」


「まだ機会があったら、こうやって町を回りましょう」


「…………そうだな」


 しばし答えるのに間があったのは彼を取り巻く環境がそうさせることだ。それは私も理解している。


 それでも、ゲオルグも同じ気持ちなのだと分かったことが私は一番嬉しかった。


 ゲオルグのことを考えると胸の奥が温かくなる。


 これは友達ができた感覚とも近いし、ちょっと違うとも感じるが、先ほど本音を受け止めてもらったときと似ている心地がする。


 なんだかくすぐったくもある今の感覚を、私は味わうことにした。


 そう、隠れ家には雑貨屋で購入した不眠に効くハーブが置いてある。

 ゲオルグの気も晴れたようだが、念のために今日の夜にはハーブティーを作ってあげよう。


 このハーブティーは、自分が小さかった頃にお母さんに淹れてもらったことがある思い出のお茶だ。そんな話をしながら、ゲオルグに出してみようか。


ここまでで第一章完結、いったんの区切りとなります。今後、二人の関係性もどんどんと変わっていくので引き続き読んでもらえると嬉しいです。


反応やブクマ、ポイント評価などしてもらえると執筆の励みになりますのでよければよろしくお願いします……!!!

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